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第1話
山の木々は赤や黄色に色づいて、すっかり季節は変わってしまった。もうすぐ冬が始まる。あっという間に雪が降り積もって、夏樹 が「雪だるま作りたい!」と言うはずだ。
それはまだ後の話だとしても、肌寒い日が増えてきたことは確かで、事ある毎に夏樹がくっついてくる回数が増えた。寒いからと言って私で暖を取るのは間違いだと思う。ただでさえキャンパス内で「ゲイカップル」と騒がれて面倒臭いことが多いのに、寒いって理由だけでくっつかれると迷惑だ。だからと言って「好きだからくっついてたい」と言われても困る。ひどく対応に困る。
「なあなあ小焼 。どれが良いと思う?」
「何がですか?」
「えー、聞いてなかったのかよ。ほら、アンチェさんがデザイン送ってきてくれたろ」
私の隣で夏樹は大きめのタブレット端末を操作している。タブレット端末が大きいわけではなくて、夏樹が小さいのかもしれない。目の錯覚なのか、たまに夏樹がすごく小さく見える。周りの男に比べたら低身長と言われる彼だから、小さいのは確かなんだが、それ以上に小さいというか……。
さて、夏樹が見せてきたのは、私の母がデザインしたウェディングドレスだった。夏樹のためにデザインしているものなので、どれを選ぼうとも彼に似合うのは間違いない。どれも彼の魅力を最大限に引き出すためにデザインされている。
「どれでも似合うと思いますよ」
「そう言われたら困るんだって。せっかく結婚式するんだからさぁ。小焼が選んでくんないと嫌だ」
「……これが一番夏樹に似合うと思いますよ。犬っぽいですし」
「犬っぽいって理由で選ぶのかよ」
「事実、犬っぽいですからね」
頭を撫でてやれば、夏樹はへにゃっと笑う。
まるで柴犬――というよりも豆柴犬のようだ。ちっちゃくて可愛い犬。耳が垂れ気味で、くるんと巻いた尻尾をぶんぶん振っていそうなイメージが浮かぶ。
「じゃあ、これで進めてもらうようにアンチェさんに言っとくな!」
「はい。言っておいてください」
「えへへ、おれ、幸せだ」
擦りついてきているので、更に撫でておく。
夏樹の所属しているゼミ――スポーツ医学ゼミに私が遊びに来ているんだが、同ゼミ生は講義に出ているらしく、現在進行形で2人っきりだ。夏樹もさすがに他に人がいる時はこういうことをしない。春に比べたら堂々と手を握ることも多くなったけれど、空気はけっこう読むほうだ。
「一応言っておきますけど、結婚式風の撮影ですよ。うちのブランドで新たに売り出すドレスラインの商品なので」
「わかってるよ。でも、おれ、撮影だとしても、小焼と結婚式できるの嬉しい! ドレスなのはちょっとアレだけど!」
「だからと言って、私がウェディングドレスを着るのは……」
「……目に毒だと思う。おれ、小焼の美しさで死ぬかも」
「お前の目はどうなってんですか」
誰が好んで私のような男のウェディングドレス姿を見たいって言うんだ。……夏樹は見たそうにしているから、夏樹以外で。
「でもさ、小焼ならドレスじゃなくて着物のほうが似合いそう! 角隠しって白いから、小焼の肌に映えて良さそうじゃねぇか?」
「……そういう問題ではないと思います」
「そっかなぁ……。似合いそうだけどなぁ。まっ、良いや。で、で、式場は何処にする? アンチェさんが候補を送ってきてくれてっけど!」
夏樹は端末を操作して、式場の写真を見せてくれた。
紅葉の綺麗な山奥、雪景色が幻想的な街はずれ、都会のど真ん中……、色んなところがあるな。どこでも内装は同じだと思う。私達の結婚式はあくまでブランドで新たに売り出すデザインの宣伝材料になるので、周りは気にしなくて良いはずだ。夏樹が鼻歌を奏でつつ写真を見ているから、彼に全て任せてやりたいんだが、さっきも一緒に考えて欲しそうにしていたし……。
「夏樹はどういうところが良いんですか?」
「おれは、小焼が『ここが良い』って言ったところが良い!」
「……じゃあ、ここで良いですか?」
「おっ! ここ良いよな! おれも、この山奥のチャペル気になってたんだ! シャンデリアがすっげぇしさ! おれのドレスも映えると思う!」
「では、ここで……。私から母に連絡しておけば良いんでしょうか?」
「おれからするよ。いつも頼りっぱなしだしさ」
それなら任せておくか。
右手の腕時計を見ると、そろそろ講義の終わる時間だ。夏樹のゼミ友達も帰ってくるだろうし、私も次は講義がある。
「では、また4限の後にでも」
「おう! 行ってらっしゃい」
「行ってきます」
頬にキスを落とす。夏樹は嬉しそうにしていた。本当に犬っぽい。無いはずの尻尾を振っているように見える。
カバンを肩にかけて、私はゼミ室を出た。
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