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第52話

 朝食が部屋に届き、小焼は嬉しそうだ。見た目はまったく変わらないが、口の端が少し上がっているように見える。きっとおれにしかわからねぇんだろうな。  こういう旅館の朝食は当然のように和食なので、焼き魚や味噌汁、漬物、おひたしが台に並んでいる。  小焼はおれにおかまいなく、両手を合わせて「いただきます」と言ってから、食事を始めていた。  少しは一緒に食べ始めようとか思わないのかよ。とは言えない。  どっちにしろ食べるスピードが違うのだから、一緒に食べ終わることもないし、そもそも、小焼はこの量で満足できるような腹をしていないはずだ。 「小焼。この魚一匹食べるか?」 「いただきます」  ひょいっと焼き魚が一匹回収されていく。この魚なんだったっけな……。 「なぁ小焼。この魚って何だったっけ?」 「イワシですよ」 「おっ。イワシか。へぇ……、なんか前に川魚の名前わかんなくてテキトーに名前つけたのに、これはわかんだな?」 「ここに献立書いてます」 「ん?」  小焼がとんとん、と指で示したのは、本日の朝食について書かれた紙だった。  イワシの丸干し焼きが三尾、豆腐とわかめの味噌汁、沢庵、ほうれん草の煮びたし、雑穀ごはん。なんだかすごく健康的だ。 「ごはんのおかわりしますか?」 「おひつにまだ入ってんのか?」 「はい。全部食べて良いですか?」 「おう。好きなだけ食べろよ。まだ足りねぇってんなら、追加できないかフロントに連絡してやっから」 「頼みます」 「……ん? それは、連絡しろってことか?」 「それ以外にありますか?」 「お、おー……、……その前に、おれの食べてくれよ。ほら、もう一匹魚食っとけ」 「こういう時は一尾二尾と数えるのでは?」 「あいあい、そうかもな。でも魚だから匹でも正解だろ」  小焼の皿にイワシを移動させながら答える。  実際どういう数え方になるのかはわからねぇから、また気が向いたら後で調べておくか。  気が付けば、小焼の皿にはイワシの頭と尾、それから骨だけが残っていた。これだけ綺麗に身を食べるのすげぇな。  自分の皿を見る。ぐちゃぐちゃだ。……おかしいな、小焼は帰国子女で、おれはずっと日本に住んでるってのに……、魚の食い方でこれだけ差が出るか?  小焼はおれの視線を気にせず、おひつからごはんをよそっていた。おひつはもう空になっている。あれにどれだけの量が入っていたのかわからないが……、けっこう入っていたように思う。 「どうだ? 満腹になりそうか?」 「腹八分目にはなりそうです」 「それで良いだろ」 「はい」  フロントに連絡する必要は無さそうで安心した。そういう些細な事で連絡するの、けっこう恥ずかしいんだぞ。言えねぇけど。  朝食も食べ終わり、だらだらするのかと思えば、小焼はもう荷物をしっかりとまとめ始めた。チェックアウトまではまだ時間があるってのに、気が早いと言うか……、真面目だと言うべきか……。 「もう少しゆっくりしていかねぇか?」 「雪合戦するなら日が高いうちにしないと寒いですよ」 「おっ! 雪合戦してくれる気になったのか!」 「……別に」  あー、もー、そういうところ好きー!  と声には出さずに抱き着こうとすれば、そのままの勢いでぶん投げられた。  畳に顔面を強打するおれ。 「いってぇ!」 「バカですか」 「ぶん投げるなよ! 受け止めてくれよ!」 「嫌です。面倒臭い」 「面倒臭いって言っても、おれはおまえのパートナーだかんな!」 「はぁ……、そうですね」  そうですね、なんて気のない返事をしながらも、小焼は投げ飛ばしたおれを見下ろしてきた。冷ややかないつもの視線にゾクッとする。 「……で、いつまで寝転がってるんですか?」 「おれ、顔面から畳に落ちてんだけど?」 「そうですね。自分でぶつかりに来たんでしょう。夏樹にとってはご褒美のようなものです」 「あー……、それはそう」  やっぱり視線はまだ冷ややかなまんまだ。  畳に手をついて起き上がる。小焼はもう何事もなかったように上着を羽織っている。切り替えが早すぎる。 「ほら、行くなら早く準備してください」 「あいあい。すぐ準備するよ」  荷物をまとめ、上着を羽織り、忘れ物が無いかのチェックをした後、フロントでスタッフさん達に見送られながら、宿を後にした。  外は真っ白で、どこもかしこもまだ足跡がついていない。  まずは車に荷物を放り込んで、身軽になる。  それから近くの誰もいない公園で遊ぶことにした。この時間だと子どももいないのか、そもそも雪遊びに慣れてて飽きちまって出てきてないかだな。 「よーし! 雪合戦するぞー!」  おれが近くの雪をかき集めながら振り返ると、小焼は既に雪玉を一つ作り終えていた。無言で、的確で、殺意が高い。 「ちょ、待て待て!」  顔面に雪玉が直撃した。 「冷てぇ!」 「雪だから冷たいに決まってるでしょう」 「何で顔に投げるんだよ!」 「……むかつくので」 「理由ひどくねぇか!?」  小焼は少しだけ口元を緩めた。ほんの一瞬だが、確かに笑った。  その瞬間、胸がきゅっとする。あー、やっぱ、好きだ。大好きだわ。 「いくぜ!」 「はいはい」  雪を掴んで投げ返す。避けられる。投げる。ぶつかる。笑う。転ぶ。  寒いはずなのに、ずっとあったかい。

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