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第51話
起きれば、世界は銀世界に包まれていた。
夜から雪は降り続いていたらしい。今は快晴だが、ふかふかの新雪が縁側のスペースからよく見えた。
「夏樹。ああいうの飛び込みたいって思いませんか?」
「下に何があるかわからねぇ状況だと怪我するだけだからなぁ」
どうしてこういう時は真面目に返してくるんだ。
夏樹は一つあくびをしてから、身支度を整え始める。相変わらず寝ぐせがひどい。放っておけば自分でなおすだろうから、見守っておこう。
そうは思ったのだが、夏樹がこっちを甘露を煮詰めたような瞳で見てくる。
「小焼。おれの髪セットしてくれ」
「どうしてですか?」
「おれがやるよりも小焼がやったほうがかっこいいからな!」
「益々男前になってどうするつもりですか」
頭を鷲掴みにしながら話せば、夏樹は嬉しそうに破顔した。
どうしてここで笑ってるんだ。笑うようなところじゃないだろう。
「もっと男前になれるって言ってくれてありがとな!」
「……これ以上男前になってどうするつもりですか」
「そうだなぁ、小焼が惚れなおすんじゃねぇか?」
「はぁ」
何を言ってるんだこいつ。
私は惚れてはない。嫌いではないから、好きだとは思うが、惚れてはいない……と思う。
こうやって結婚式の真似事をするまでの仲だってのに……惚れてないってのも、おかしいか?
いや、それでも……、惚れてない、よな?
夏樹の髪を櫛で梳かし、ワックスを揉み込んでセットしてやった。
どう頑張っても頭頂部に跳ねた毛束が生まれてしまう。なんだか憎めない。
「これ……なおりませんね」
「え、そうか? むしろこの跳ねてるのがチャームポイントだろ」
夏樹は鏡を覗き込みながら、やけに満足そうに笑う。これを個性で片づけられるのは、この男ぐらいだ。
「まあ、どうせすぐ崩れますし」
「ひでぇ! そんなにすぐ崩れねぇよ! 昼まではもってるって!」
「それはお前にしては長持ちですね」
「だろ?
ドヤァと言いたそうな顔で夏樹はふんぞり返る。
どうせなら帰って風呂に入るまでセットを崩すなって言いたいところだが、こいつには無理な話だろう。
「で、今日の予定は? 撮影は昨日で終わりだったんだよな?」
「そうですね。10時にチェックアウトして、それからは自由行動というか……」
「帰れってことだな」
「はい」
メインは昨日の撮影だったので、今日はただの予備日――ではなく、とくに予定の無い休日ということになる。
この辺は温泉の他にも何かあるかもしれないが、夏樹は見に行きたいと思うだろうか。
「朝食の後は雪合戦しようぜ」
「バカですか?」
「おう。おまえのことが大好きなバカだ」
「そうではなくて……」
「雪が積もってんなら、やりたいだろ? 雪合戦」
「いえ。そんなに」
「雪だるま作る方が良いか?」
「そういうことじゃない」
どうして地頭は良いくせに、こういう時はバカになるんだ。
医師免許を持っているくらいに頭は回るくせに。
ほんの数秒、目を伏せて深く息を吐く。
こういう時の夏樹は、本当に読めない。読めるのだが、読めたところでどうしようもないというか……雪を見てはしゃぐ犬という感じだな……。
まあ、雪を見てテンションが上がる気持ちは、理解できないでもない。
理解はできるが、私は別に雪で遊びたいわけではない。
「なぁ、小焼?」
「何ですか」
「雪合戦すんの楽しみだなぁ」
「まだやるとは言ってませんが」
「じゃあ、やろうな!」
人の話を聞け。
もう勝手に決定事項にされている。
夏樹は、犬みたいに嬉しそうに笑っている。
その表情を見ると、どうでもよくなる。
「……雪合戦の前に、朝食ですよ」
「おう! 部屋に持ってきてくれるんだよな?」
「そろそろ届くと思います」
7時に持ってきてほしいと伝えていたはずなので、そろそろ届くはずだ。
腹の虫が鳴く。どんな朝食が来るのか楽しみだ。
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