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4 そんな権利はない

 走って、走って、どこまでも走った。  自分がどこへ向かっているのかも分からなくなった頃、ぽつりぽつりと頬に水滴が当たった。  最初は涙だと思いながらも、見上げてみると、それは天から降り注いでいた。 「……なんだ、雨か」  どこかほっとしながら呟く。  だって、これで泣いたって誰にも分からない。  あとからあとから頬を伝うのは、涙か雨か。  とぼとぼと歩いて全身を雨で濡らしながら、頭に浮かんできたのはさっきのことではなく、どうしてか燎のことだった。   「へへ、来ちゃった」    女みたいに身をくねらせて笑わせてくれた。   「ああ、それな。俺がオススメした『ジョンの一生』っていう映画を見たら号泣したんだってよ。なあ」    目が腫れた理由を聞いてないのに、上手く話を誤魔化してくれた。    ずっと一番近くにいたのに、燎がこんなに優しいんだと今さら気が付いた。  燎、燎。会いたい。たぶん俺は、お前のことが……。  抑えていた気持ちが溢れそうになった時。 「大晴!」  前方から、人の波を縫うようにして、今最も会いたくて、会いたくなかった人が現れる。 「な……んで……」  途端にどっと涙が込み上げ、勢いよく流れ出す。 「なんでって、勘?」 「んだよ、それ……」  泣きながら笑うと、燎はああ、もうと言いながら、傘を放り投げてぐいっと俺を引き寄せて。 「り、燎?」  その腕に抱き寄せた。強く、痛いくらいの抱擁だ。俺は戸惑いながらも、じっとされるがままになる。 「お前のことなら、何でもわかるんだよ」  絞り出すような声に熱が籠もっていて、自然と、俺の鼓動も速まる。 「な……んで……?」  予感がした。  聞いてはいけないと叫ぶ自分の声もした。  だけど、燎の言葉は、熱い視線は、その声を呆気なく抑えつけてしまう。 「お前のことが好きだからだよ」 「……っ!?」  驚いているうちに、燎は体を僅かに離したかと思うと、俺の唇に自分のそれを重ねてきた。 「っ、ん……、やめ……っ」  より一層深く合わさろうとした時、我に返って突き飛ばす。  燎は荒く息をつきながらも、じっと俺の目を見つめて離さない。  その目に内心を気付かれないようにするため、俺は視線を外しながら言った。 「……ごめん。俺、お前の気持ちには応えられな……んっ」  拒絶の言葉を口にしたのに、燎はまた強引にキスをしてきた。 「や、め……っンッ……」  もう一度目一杯抵抗すると、ようやく離れてくれた燎だが、俺の両頬を挟んで、視線を逸らせないようにして改めて繰り返した。 「お前が好きなんだよ、大晴」 「……っ」  燎の熱に当てられそうになりながら、俺は必死で、それでも強い意思を持って繰り返した。 「ごめん、燎。俺はお前のことはそんなふうには見れない」  燎の顔に悲しみの波紋が広がるのを見ながら、これでよかったんだと自分に言い聞かせた。  だって、俺にはそんな権利はないからと。

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