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俺のお兄さん

「ただいま~」 こんばんは、の挨拶よりもリュートさんが喜んでくれるから、最近はずっとこの挨拶をしながら入店してる。 「おかえり、皐月くん」 ジャズの流れる薄灯りのおしゃれな店内。 カウンターの向こうから、飴色の髪を煌めかせバーテン姿のマスターが長い睫毛に縁取られた目を優しく細めた。 この綺麗な人が、俺のお兄さんです。 正確には、俺の旦那さんの、弟のような従弟。 関係性で言うなら正しくは「弟」なのかもしれないけど、俺はリュートさんをお兄さんだと思ってるし、リュートさんも俺のことを弟って言ってくれるから。 一旦家に帰ってご飯を食べてから来たから、もう18時半近い。 お客さんは、全部で4人。 10席ある店内に、俺を含め5人。 今日は金曜だけど、週末でも早い時間はいつもこんなもので、もう少し遅い時間に満席になる。 ここにはご飯ものが置いてないから、みんな俺と同じで夕食を済ませてからやって来るんだと思う。 ローズはゲイバーだ。 男性が好きな男性の為のお店。 テレビでは、オネエのママ会いたさに女の人が来店とか、店内にファンタジーなオネエ様方が沢山居る光景とかが面白可笑しく報道されて、世間ではそれが一般的だって思われがちだけど。 それか、所謂ハッテン場と呼ばれる、愛なんて幻想は叩きつけて踏み躙ってドブに捨ててやる!俺は今夜も一晩限りの安い関係を楽しむぜヒャッハー!って、バイオレンス且つパリピ属性の集まる店か。(悠さんが居ないときにリュートさんが笑顔でそう教えてくれた。前に男漁りのお客さん紛いに店内を荒らされかけたことがあるらしい。) だけどローズは、そのどちらにも属さない。 ○○町の駅近く。 ビルの外からは『Rose…なんとか(フランス語覚えられない)』ってバーがあることしか分からない。 エレベーターを降りて入口付近にはちゃんとゲイバーだと言う表記はあるけれど、誰かに連れて来られたり酔いが回ってる数件目だと、見逃して気付かない可能性もある。 俺も初めて夏木に連れて来られた時にはゲイバーだなんて全然気付かなくて、思いもよらなくて。悠さんに口説かれていることにも全く気付けなかった。 時々そうやって間違えて入ってきちゃう人も居るけど、それ以外のお客さんは、その殆どがゲイかバイの男の人だ。 今夜も後ろ姿を見る限り、全員おと……うぅん…? 「やぁん、もうっ、さっちゃん、遅いじゃないの!」 ワンピースの人が1人居た!! 「ねっ、さっちゃん、待ってたのよ~。ここに座りなさいな」 ポンポンと隣の席を叩いて、赤いワンピースのお姉さんが俺を呼んでいる。 俺を?待ってた? 悪い予感しかしない… けど……、俺、嫌いじゃないんだよなぁ、リンナさん。 リンナさんは女装家のお姉さん。 心は女性で、メスの入ってない体は男性のまま。 女性物の服を纏い、いつも綺麗にお化粧してる。 もちろん恋愛対象は男性だ。 悠さんが投資してるジョークグッズ制作会社の制作部長でもある。 「こんばんは」と挨拶をして、カウンターの真ん中を陣取るリンナさんの右隣りに座ると、リュートさんがニコニコしながらオレンジジュースの入ったストレートグラスを出してくれた。 うん…もうね、文句言うのも疲れた。 だって、悠さんに禁止されてるからって、悠さんが居ない時は絶対にアルコール出してくんないんだもん。 俺が酔ったって口説いてくる人なんか居ないし、リュートさんもいるから大丈夫、って言ってんのにさ。 そのリュートさんすら信用できない、なんて言うんだから。 もう、何言ってもこの人聞かないなって。 なら悠さんが来てから飲めばいいかって。 俺がそう先に諦めて折れるのが、悠さんの企みだったのかもしれないけど。

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