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愛してるのキス
【悠Side】
振り向いた先に、皐月がいた。
小さな皐月ではない。
元通りの、25歳の皐月が、立っていた。
涙目の皐月は棚に服を置くと、慌てたように肌に食い込んだ下着を剥がした。
小さな下着が、皐月に痛みを与えていたらしい。
「あ~~もう、急に戻るなんて聞いてないよ~っ!」
どういう原理なのか、急激に大きくなった皐月の肌には突っ張った様子も見られず、本当に元通り、先程まで6才の体だった形跡など全く見られない。
まるで、すべてが幻だったかのようだ………
夢うつつのまま、随分と大きくなった皐月の頬に手で触れる。
「悠さん……?」
首を傾げた皐月が、ふっと瞼を閉じた。
お尻の下に手をやり、抱き上げる。
いつもは軽く感じる皐月が、矢鱈と重く思えた。
小さい皐月は、すこぶる軽かった。
軽かった…な………
あれは、本当に存在していたのか?
それとも、幻だったのか………?
「皐月……」
どちらを呼んでいるのか自分でも分からない、その名を口にすれば、皐月は小さく俺の名を呼び返し、
「………っ、もおっ!しっかりしろ!!」
パチンと頬を両手で挟まれた。
「なんなの、悠さん!ちゃんと俺のこと見る!それとも何!?俺よりちっちゃい俺のが良かったの!?俺、戻らない方が良かったの!?」
「っ、………ごめん、皐月」
うるんだ瞳、一文字に引き締められた唇……
───こつん、と額を合わせた。
「皐月、好きだよ」
「っ、当たり前じゃんっ…!」
ヒクッと喉を鳴らす皐月の髪をゆるりと梳いて頭を抱き寄せる。
しかし、なぁ………
棚に置かれた小さな服をちらりと見る。
最後に着せるつもりで取っておいた聖歌隊が………
「悠さんっ!」
口から洩れていたのは溜め息だけではなかったのか。気持ちがダダ漏れだったらしい。
皐月にまた怒られた。
「いや、だけどな、皐月…」
「うるさーい、もう下ろせっ!俺服着るから。おとなの!」
ご立腹の皐月を下ろし、自分も着替え始める。
しかしあの服は、夏木家で合わせただけで…、一番似合うと思ったのに、勿体無いことをした……。
いっそ、今の皐月に合わせたサイズで衣装をあつらえるか?
リンナさんの所で、そういった類の衣装も扱っていた筈だ。お詫びとして作ってもらうのも手か。
「悠さん。手、止まってる」
「ん?…ああ」
パジャマのシャツのボタンを外す指が、いつの間にか力を失っていたらしい。
むくれた皐月が、代わりにボタンを解いてくれる。
「何処か行きたい場所、考えたか?」
服を替えさせると言うことはそう言うことなのだろうと訊ねれば、
「出掛けなくていいよ。うちにいよう」
甘えるように、肩に頬を摺り寄せてきた。
「だって、俺がちっちゃいから仕事休んだのに、今の姿でうろうろしてたら変なことになっちゃう」
肌蹴た胸を、皐月の大人の指先がツツーとなぞる。
「だから、……つまり、………もおっ!なんで気付かないの!?悠さん!ベッド!連れてけーっ!!」
気付かなかった訳じゃない。途中から察していた。
服を着たのは上だけで、何も身に着けていない腰から下に、熱を帯びた期待の眼差しに。
可哀想だったろうか。
けれど、俺は聞きたかったんだ。
久しぶりに目にしたいつもの皐月から、俺に強請る可愛い言葉を。
「俺、金曜からずっと我慢してたんだからな。よそ見しないで、ちゃんとしてくんなきゃ泣くから」
「わかってるよ」
むくれる皐月を抱き上げて、寝室へと逆戻りする。
「余計な事考えて俺そっちのけになっても泣くし、悠さんが途中でバテちゃっても泣くし」
「はいはい、わかってるよ」
「ちっちゃい俺じゃなくて、今の俺だけ見て欲しいし」
「皐月は自分にもヤキモチを焼くのか?」
「……わかってるの?俺、そんぐらい悠さんのこと……好きなんだからなっ!」
怒鳴るなり皐月は恥ずかしかったのか、胸に顔をうずめたまま黙ってしまった。
皐月の可愛い言い分に疼いていた体が更に煽られる。
俺そっちのけでも、途中でバテても、と皐月は言うけれど……、逆に皐月がもう無理だとバテてしまっても、今日は放してやれそうにない。皐月でいっぱいで余所見なんか出来っこない。
愛しい人をベッドに下ろし、どうしたらそれを行動で伝えてやれるかと、手始めにまず愛をたっぷり込めたキスをその唇に触れさせたのだった。
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『危ないジュースにご用心』完
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