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魔界カラノ使者 2

いつも飄々としている彼が少し真面目な顔をしているだけで、どうしてこんなに不安になってしまうのか。 いやいつも大体真顔だけど、なんだか今は違う気がして。 思わず呟いてしまうと、皇はこちらを見て複雑そうに笑った。 「やっと名前呼んだな」 「..は?」 「覚えられてないのかと思った」 皇はそう言いながらすたすたと家の方へと歩いて行った。 なんで今そんなことを言うのか。 そんな、泣きそうな表情で。 月人は思わず腕を伸ばして彼の手を掴んでいた。 自分でも訳がわかっていなかったのだが、そもそもこいつは来た時から意味不明で 今のこの同居生活の根本も、そうで。 「...なんなんだよ、お前..... なんで俺の餌になんかなったんだ? なんでここにいる?」 現代に現れた、魔女。 皇は、なんで今そんな事聞くんだよ、というような 泣きそうな顔をしてそっと手を振りほどいた。 「.....俺はずっと魔界に居場所がなかった。 昔から、他の魔女と"何か"が違うらしくて、上手くいかないことが多かった」 劣等生というやつだろうか。 今まで自分の素性を話さなかった皇、 誰が悪いわけでもないのだが他より劣っている存在というのは確かに存在する。 しかし彼が珍しく憂いを帯びた表情をしていたから、 俺には無縁だけどな、と茶化すことも出来なかったのだ。 「誰からも距離を置かれ、窮屈で、それでいて縛り付けられて身動きが取れないような。 当時俺は魔法学校の生徒で、その時は研修で人間界を訪れた。 初めての人間界で、案の定バカなやつらに嵌められて迷子になっちまった。 その挙句人間に見つかってしまった。 その時俺は咄嗟に化けようとしたんだがなんでか上手く行かなくってな、思わず魔界生物に化けてしまって 自分でも相当ブスな姿だったと思うんだが...さゆりさんは、叫び声一つあげず俺を助けてくれた。 あの時彼女はまだ若くて、セーラー服着てたっけな」 思い出すように皇は遠い目をした。 「丁寧に手当までして、彼女は俺が怪しい生き物だなんて微塵も思っていないようだった。 ぶっちゃけ誰かに優しくされたのなんて初めてで、俺は魔界に戻ってからも忘れられなかった。 やっと学校を卒業し、人間界と行き来できるような立場になってきてみれば..魔界とは時間の流れが違うからな」 魔界の方が時間の流れが遅いのであろう。 亭主と死に別れ、子供や孫達も遠くへ巣立って行き それでもこの店があるからと一人座っていた老婆の姿が思い浮かんだ。 本当は寂しかったのかもしれない。 その寂しさと戦いながら、受け継いだこの店を守り続けていたのだろう。 「俺は..さゆりさんには幸せに過ごして欲しいんだ。 人間の時間は短いから。 そのためには俺はなんだってする」 皇の覚悟は相当なものに違いなかった。 さゆりに救われる前、彼がどれだけ荒んでいたのかはわからないが 魔界という世界は、一体彼にとってどんな場所だったと言うのだろう。

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