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曲ガリ角ノ魔女 2

皇は大人しくちゃぶ台の前に三角座りして待つ事にした。 トントンとまた再開したまな板の音を聞きながら こんな風に、時間がゆっくり流れているみたいな生活に身を置いていることがなんだか不思議で。 確かに魔界の方が時の流れは遅い。 だが、この地上では生きる時間が短いゆえに皆目の前のものを大切にしている。 ..勿論自分自身も。 自分自身を大切にしなければ、目の前のものは守れない。 そんな、彼女が言うところの、当たり前で当然のことを 最近ようやく分かり始めてきた気がする。 「シロエー出来たぞ。..どこ行った?」 キョロキョロしながらお盆を持った月人がやってきた。 皇は自分の左手を見つめる。 薬指に巻きつくように浮かび上がった黒い痣。 それは魔女落ちの証で、本でしか読んだことのないものだった。 あの頃は気味の悪いものだと思っていたが 今自分の身に出現したそれは、とても綺麗に見える。 視線を感じて顔を上げると、配膳を終えた月人が複雑そうな顔でこちらを見ていた。 何か言いたげな彼に、皇はへらっと笑って左手の甲を相手に向けた。 「新婚さんみてえだな」 そう言うと月人は一瞬ぽかんとしたが やがて顔を真っ赤にして、お盆を両手で握り締めた。 「バカじゃないの!?変態!最低!」 「そんな喜ぶなって..」 「ふざけんな!」 今にもお盆で殴られそうだったので皇は両手でガードしながらもにやにや笑った。 相変わらず、からかい甲斐のあるやつである。 「..っもう。心配して損した」 月人は怒ったように言ってこちらに背を向けて座った。 早く食え!、と叫ばれ仕方なく皇は頂くことにした。 「いただきます」 白いご飯と味噌汁と卵焼き。ほうれん草のお浸し。 相変わらず顔に似合わず純和風を極めたメニューだ。 自分で食えない割に味も整っているし。 「....ほんとに..辛かったりしたら、ちゃんと言えよ.. 隠されるのとか嫌だから...」 ぼそぼそと呟く背中を卵焼きを口へ放り込みながら見つめた。 ん?、と言うと月人は振り返って泣きそうな目を向けてくる。 「俺はお前に恨まれてもしょうがないって思うから..だから」 「恨んだりなんかしねえよ。責任感じるなっつったらあれだけど..」 皇は眉根を寄せて考えるが、何を言っても月人はマイナスに取りそうな顔をしていて その顔も面白かったので、笑ってしまう。 「ま、気にすんな」 月人は不満げに口を尖らせた。 彼がどうして自分を離したくないのかは明確にはわからなかったが 彼がそう望むのなら自分は魔女である事なんて捨てたってなんともないと思ったまでのこと。 寧ろ柵を断ち切る罪を背負わせて、自由を奪ってしまって可哀想にさえ思えるのだけれど。 「......ばか」 月人は静かに呟くと、なぜか顔を赤くして俯いている。 全く素直なんだか強情なのかアホなのか。 皇は肩を竦めながら味噌汁の入ったお椀を手に取った。 「まじでお前俺に言うことないのかよ」 「だからなんなんだよそれ..」 まあ、言われたら言い返すかな。 そう呑気に構えながら、彼の作った味噌汁を飲み込む皇であった。 END…?

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