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曲ガリ角ノ魔女 1

恋愛相談に来る女子中学生、生意気なクソガキに暇そうな主婦に寂しがり屋の年寄り。 短い時の中を懸命に生きる者たちを眺めているのは飽きないし 魔界にいたあの頃より、ずっと感情を出せるようになったと感じる。 それは多分、あの吸血鬼のせいなのかもしれないけれど。 1人でもいいからここさえ守れればと思っていた自分を、 たしかに繋ぎ止めている存在。 部屋でぼうっとしていたら、あの騒がしい声が聞こえて、始まったドタバタ騒ぎ。 思えば自分がちゃんと店を開けるようになったのはあれからだ。 それが今や魔女をやめる羽目になるとは。 でも不思議と後悔はしていない、というよりも寧ろ..。 台所からトントンとリズムよく包丁とまな板が触れ合う音が聞こえ、皇は眼鏡をかけながら廊下を歩いた。 朝の柔らかな光が差し込んで、その素朴な美しさは地上だけのもの。 光の粒は全て空へと登っていき、あの行方はどこなのかは分からないが なんだか身体が軽くなったようで清々している部分もある。 しかし魔女でなくなったからといって普通の人間になれるわけでもなく 魔力も完全に抜け落ちたわけでもなさそうなので 自分は今妖術使いとか超能力者みたいなそんな中途半端な存在なのだろう。 しかしやはり問題もあるのだが..。 台所を覗き込むと制服姿の月人が手の上で豆腐をカットしていて その真剣な横顔だけ切り取ればテレビにでも出てそうなイケメンなのだが さゆりが残して行ったエプロンと豆腐と昭和な台所が なんとも言えぬ融合を果たしていて 皇は思わず噴き出してしまった。 「笑うな」 「ふふ。おもしれーからしょうがないだろ」 月人は目だけこちらを睨み、すぐ豆腐に戻った。 味噌汁と炊きたてのご飯のいい香りがする。 彼は、相変わらず腹たつやつ、とぶつぶつ文句を言いながら 豆腐を味噌汁の鍋に投下して行く。 「にゃーんお腹すいたっぽーい」 足元から声がして、すりすりと皇の足にじゃれつく白い猫。 皇が魔女でなくなりシロエも無事元の姿に戻すことができた。 すかさず猫を抱え上げそのもふもふつるふかを撫で回す。 「あーシロエさんあーたまりませんなぁ」 「うー..くすぐったいですよう」 件の巨大化の反動で猫の尊さをひしひしと感じた2人は シロエを見つけ次第めちゃくちゃに撫で回すのであった。 じゃれつく姿を混ざりたそうに月人は睨んでいたが やがてため息を零して背を向けてしまった。 「ふぎゃぁぁ皇さまの愛が重いっぽいー」 可愛がりすぎてシロエはじたじたと暴れて逃げてしまった。 最近2人が構い過ぎるせいでシロエはすぐ逃避してしまうのであった。 「...身体、大丈夫..なのか..?」 皇が残念がっていると静かにネギを切り始める後ろ姿がぼそりと聞いてくる。 魔女落ちをさせた吸血鬼なんてそうそう居ないだろう。 自分でもこんなに上手く行くとは思わなかったし、 つくづく魔女とは面倒で脆い生き物なのだと思う。 皇は彼の背中に抱きついた。 「心配してくれんの?」 「..また倒れたりしたら、後味悪いだろ.. ってかくっつくな!」 べし、と叩かれてネギの香りを感じながら皇は離れた。 全くツンデレにも困ったものである。

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