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言えない理由 7
今日はローブを身につけておらず、白シャツとダークブラウンのスラックスと
使い込まれたブーツという質素な姿で馬小屋を掃除し始める男をぼうっと観察した。
捲られたシャツの下からたくましい腕の筋肉がみえていて
漠然と、でかぁ、と思うなどとした。
「……見ていてもつまらんだろう」
「あ…邪魔だった?」
「別に邪魔ではない、が…」
ゼアレスは居心地の悪そうにごもごも言いながらも手だけはしっかりと動かし続けている。
その真面目に働く様を見て、ツツジは口を歪めて
馬小屋の中を見渡した。
馬3頭には充分な広さがあり、今は開け放たれている大きな窓ガラスからは心地の良い風が入ってくる。
懐かしい匂いがする。
かつて寝かせてもらっていた馬小屋はもっと広かったが
馬も沢山いてもっと汚かったし、開閉できる窓はなく空間が空いているだけで雨風は入り放題だったが
干し草や馬の匂いは同じように感じた。
「……馬が好きなのか?」
ゼアレスの質問にツツジは、んー、と声を零し
当時のことを思い出していた。
「俺…あんまり人の気持ちとかわかんないし
難しいことできないし、すぐ忘れちゃうしさ…
だから、結構イライラされて殴られたり罵られたり、唾吐きかけられたりはしょっちゅう。
でも馬は…馬だけは優しくしてくれたんだ。」
喋りながら、ツツジは自分が震えているのを感じて
思わず、はぁ、と息を吐いた。
「最初に……働いたところが…馬小屋で…それで……」
こんななんでもない話。
相手は興味なんかないだろうしどうせ聞いてやしないだろうに、なんでこんなに怖いのだろう。
急に言葉がバラバラになって紡げなくなるような感覚を覚え、口を閉じた。
ツツジは喋ったことを後悔しながら、
杖を握りしめて凭れていた壁から背中を離した。
顔をあげるとゼアレスがじっとこちらを見ていて、
どんな顔をしていいか分からず俯いて目を逸らした。
「あ、あ〜……だからって馬に嫉妬しないでよね〜!
なんちゃって〜…」
ツツジは意味不明な誤魔化し方をしながらもすぐにここから立ち去りたい気持ちでいっぱいになってしまい
帰る言い訳を探した。
しかしゼアレスはこちらに近付いてきて、そっと頭を撫でてくる。
「…辛かったんだな」
「え…?」
「……話してくれてありがとう」
ゼアレスは複雑そうな顔をしていて、胸が瞬時に熱くなった。
この温度を知っている。
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