76 / 162

言えない理由 9

凄まじい音が鳴り響いた。 ハッと目が覚めるように気が付くと、形相を変えたゼアレスの顔がそこにあった。 ツツジは地面にへたり込んでいた。 「大丈夫か!?ツツジ!」 彼が覆い被さるような形で、上から顔を覗き込んでくる。 ツツジは何が起きたか分からず、ただ呆然と頷いた。 彼が体を起こすと、バラバラと透明の何かが落ちていく。 思わずそれを目で追うと、それはガラスの破片のようだった。 「突風でも吹いたようだな… 馬の様子を見てくる、お前はそこにいろ」 ゼアレスは小屋を飛び出していき、ツツジは呆然と馬小屋の様子を見つめた。 冷たい空気が滞留していて、先程とはなんだか雰囲気が違って見えた。 窓ガラスが全て割れていてゼアレスが集めていた干し草などと混じって散乱している。 ツツジは思わず地面を見つめた。 赤い血が落ちている。 「……あ」 ツツジは急に襲ってきた恐ろしさに両腕で自分の身体を抱え縮こまった。 ガクガクと身体が震える。 こんな風に気付けばいつも、自分は血溜まりの中にいる。 どうしてなんだろう。 なんでなんだろう。 ツツジの足に地面に落ちていたガラスの破片がぶつかった。 思わずそれを震える指先で拾い上げる。 そうだ、 俺はおじさんに嫌われたくないんだ。 自分のことを知られて、幻滅されて もしも化け物と罵られたら? 自分はあの人を殺すだろうか。 あの身体が粉々になって、砕け散って、 パースと同じようなあの綺麗な黒い髪や髭や 優しい瞳が、 真っ赤になってしまったら。 ツツジは破片に映る自分の顔を見下ろし、 こんな時でも自分のことばかり考える醜さに疲れすら覚えた。 “勝手に死んでいる”なんて、 “自分が殺している”くせに。 ツツジは破片の尖った部分を無意識に首に向けていた。

ともだちにシェアしよう!