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言えない理由 10

「おい!危ないだろうが」 ゼアレスの怒鳴り声にツツジはびっくりして目を見開いた。 大男はツツジの手からガラスの破片を奪った。 「ガラスだぞ、素手で触るな」 そう言いながらもゼアレスは素手なのだが。 ツツジは呆然と彼を見上げた。 「馬たちは無事だ。 …老朽化していたのかもしれんな、仕方ない」 ツツジは壁を使いながらようやくフラフラと立ち上がった。 窓を見ているゼアレスの腕がガラスで切れたのか血が出ていて、 ツツジは思わず彼に駆け寄った。 「おじさん、ごめん…!血が…」 「ん?ああ、これか。 大したことはない。少し切っただけだ」 「でも…」 「お前はどこも怪我していないな?」 「え…うん…俺は平気…と思う」 「ならいい」 ゼアレスに頭を撫でられ、ツツジは変な気持ちだった。 恐怖に絶望しているのに、罪悪感で爆発しそうなのに。 忘れようとしていた様々な記憶や言葉や光景と 溢れては消えようとする感情でツツジの小さな頭はパンクしそうになりながら 辿り着いた結果は、彼に抱きつく事だった。 「お、おい…!何やってるんだ!」 案の定ゼアレスは怒ったが、ツツジは彼の腹にぎゅううっと抱きついて 溢れてくる涙を彼の服に染み込ませていった。 最初は引き剥がそうとしてくるゼアレスだったが、 様子のおかしいツツジにやがて大人しくなる。 「ツツジ…?」 不安げな声で呼ばれたがツツジは顔をあげることができず肩を震わせていた。 「…そんなに怖かったか…?」 彼の優しい掌が、そっと肩を包んで、頭を撫でてくる。 彼の体温が全身から伝わってきて、 このぬくもりが消えるなんてことはあってはならないと思った。 この匂いが、あの吐き気を催す地獄みたいな匂いになってはならないと。 「おじさん……」 「なんだ」 「…俺にちゅーして」 「は!?」 ツツジは涙でぼやけた視界の中彼を見上げた。 「ちゅー、して?」 彼に全力で抱きついたまま、祈るような気持ちでツツジは目を閉じた。 彼のシャツを掴む手が震えていて、きっと唇も震えていたことだろう。 ゼアレスはしばらく葛藤していたようだったが、やがてツツジの背中に手を回し ツツジの身体を少し持ち上げるようにして優しく抱き上げ、唇にキスを落としてくれた。 それは短くて、一瞬だったのだけれど 目を開けるとゼアレスは顔を真っ赤にしていて、眉根を寄せてこちらを見ていた。 その顔を見て、 ツツジは確信めいて心にすとんと意思が滑り降りてきた感覚を覚えた。 「……あは、顔赤すぎ」 「………うるさい」 パースごめんね。 やっぱり俺は、この人を死なせるわけにはいかないや。 俺はこの人が「好き」らしいので。

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