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第11話

「透くん?何考えてた?」 「…昔の事を思い出していただけですよ」 バルコニーからは見慣れない景色が広がっている。水平線に向かって背の高いビル、小さな家や施設などが見渡せた。 透はタバコに火をつけてその景色を眺めながら一服する。 あれから三日、透はひたすら車を走らせた。途中で車を捨てて新幹線に乗って、…何も無ければ楽しい旅気分だっただろう。守屋は疲れきった透を気遣いそこそこ良いホテルを取ってくれた。ここでしばらく滞在してまた更に遠くへ宛もなく行くつもりだ。 「今日は…どうでした?」 「…そうだね。連日連夜報道されてるよ。」 透は一切世間の情報には触れていない。直接テレビやネットを見てしまえば発狂する自信がある。だから守屋に確認してもらっているのだ。それでも精神的に辛い事には変わりない。 実名や顔写真が報道されたのだろうか。透に家族はいないが、親戚やバイト先の人間は皆驚いているだろう。旧友が卒業アルバムの写真を提供していたりして…と想像ばかり膨らむ。 「これからどうしたらいいんだろう…」 煙と共に吐き出した不安は、やはりまだ諦めきれていないのだ。自分の人生が終わったとあの時思ったはずだが生きている以上そうも言っていられない。 守屋は涼しい顔をして「ねえ、気分を変えるためにどこかデートに行きませんか」と提案をする。 「あんたねぇ…」 その横顔は真っ直ぐ先を見据えていた。視線の先には透が見たものと同じものが写っているはずだ。だが彼は根本的に透とは違う。きっと辺り一面キラキラと輝いて見えているに違いない。 「…デートって言っても土地勘無いから…。それに、警察に見つかるかもしれない」 「うーん、この際見つかっても別にいいじゃないですか。」 「そういう訳にはいかないだろ…」 透は女を殺したあの日、確かに自首しようと一瞬でも考えた。透が手にかけたのはあの女たった一人、だが守屋は透の知る限りでは三人、…裏山で見つかった遺体を考えると極刑は免れないだろう。それでは意味が無い。 タバコの灰が溜まりボロボロと崩れ落ちる。それは透の危うい精神状態のようだった。 「ねえ、透くんは知ってた?あの子のお兄さんを僕が殺したこと」 透は嘘をつくか迷った。だが直ぐに「…はい。以前聞いたことがありました」と正直に告げる。嘘をついて隠した結果悪い方向にばかり進んでいたからだ。 守屋はどこか昔を懐かしむように目を細める。その記憶には一体何が居座っているのだろう。 「彼女に言われて思い出したんだ。彼は僕と同じ高校で隣のクラスで、浮いてた僕をよく和に入れてくれてたなあ」 「…だったらなぜ殺したんですか」 「僕が殺した大半の人間は価値があると思っていた人達だ。勿論事故で殺してしまった人もいるけれど。彼も当時は僕にとって大切な友達だったんだ。」 その言葉に引っ掛かりを覚えた。胸の奥からドロドロと溢れ出るように不安が広がっていく。彼は透を"恋人"としている。だが、大切な友達と言った間宮優希を守屋は殺した。 「…その人は価値がなかったのか?」 「殺すまでは価値があったんだ。だけど彼は無くなって悲しくなるような存在じゃなかったって気がついた。」 彼は透に恐らく心を開いてくれている。だから自分の感情を赴くままに話すのだ。 (もし俺が先に死ぬことになって、やっぱり価値が無かったって気がついたら…間宮優希のように忘れられてしまうのか?) そう考えるだけで胃がムカムカして、涙が目の端に溜まる。透は感情が昂る前に室内に戻った。ずっと部屋に篭もりっぱなしで気が滅入っているのだ。長時間は怖いが食料品を買うくらいなら問題ないだろう。 「守屋さん、今日の買い出し俺が行ってもいいですか?」 悲しみにくれる彼らにただ呆然と部屋の外で待った。静けさがとても苦痛で、堂上はボサボサの頭を掻き毟ると落ち着きなくグルグルとその場を回るのだ。 遺体確認をしているであろう向こうの部屋では、母の悲痛の叫びが聞こえる。彼女は見たのだろう、惨たらしく殺された娘の姿を。背中を丸めて堂上は自分の体を抱きしめた。 ほんの数分の短い時間で扉が乱暴に開かれる。彼女らは娘との再会を中断させられたようだ。遺体安置室から出てくるなり彼女は堂上の頬を力の限り張った。 「どうしてあんたがそばに居ながら守ってやらなかったの!?」 変わり果てた娘の姿は受け入れ難く、司法解剖の為直ぐに連れて帰れないとなると彼女の怒りは『無能な刑事』に向けられる。 「なんとか言ったらどうなの!」 襟首を掴み、感情を爆発させる彼女は何も言わぬ弟にぶつけて泣き崩れる。そこにかける言葉が見つからない。普段はどのように被害者家族に接していたか、自分が当事者でもあるせいか分からないのだ。 「景子、…幸之助君も辛いんだから…」と彼女を宥める義兄も両足が震えて苦しそうだった。だが彼女の肩を支えて、安心させるためか無理に気丈に振る舞う。 「僕達は一旦帰るよ、…色々準備しないといけないこともあるだろうし…」 そう言って彼らは背を向けて長い廊下を歩く。一人取り残された男はただ何も無い天井を見ると、その場に蹲った。 (なんであの時、もっと早くあのメールに気が付かなかったんだ) (どうして…穂乃美とあの男たちを引き合わせてしまったんだ。) ガリガリとまた内頬を噛む。だが今は血の味すらしない。自責の念はぐるぐると頭の中を巡り、近づく人影にも気が付かないほど没頭した。 「…警部補」 肩にそっと置かれた手の先には、心配そうな顔をする濱村がいる。その左手にはカフェオレの缶が握られていた。 「あー、申し訳ない…。もしかして見てました?」 「…覗くつもりは無かったんですが…。警部補だって被害者家族に違いないのに…もっと言い方がありそうなもんですが…」 堂上は何事も無かったようにゆっくり立ち上がると、握られた缶を「貰いますよ」と奪い取った。 「…すみません。余計な事を…。御家族の事を悪くいうつもりじゃなくて…」 「…分かってますよ」 濱村はその眉を苦しそうに下げて、一見すると堂上より悲しんでいるように見える。きっとボロボロになった目の前の男が哀れでしょうがないのだろう。 『叔父さん、そんなに甘いものばかり食べてたら虫歯になるよ』 『なにー?食べたいって?』 『要らない!』 呆れたように彼女はため息をついた。まだその時セーラー服だった彼女は、大人になってからも幸せに暮らす。そう疑わなかった。 『あのうさぎさん欲しい!』 『よし、おじさんの射撃の腕を見せてやろう』 放った玉がうさぎではなく隣のよく分からないカエルの玩具に当たっても、不貞腐れることなく喜んだ少女。それが帰ることの無い彼女の部屋にいつまでもいることを知っている。 プルタブを開けて、口に広がる甘さを嗚咽と共に流し込んだ。涙は流さない。まだ彼女達が報われていないのだから。 同情の視線を向けられながら、堂上は真っ直ぐ前を向いた。 『ごめん、ついでにこの荷物コンビニで出しておいて貰えるかな』 透は守屋から預かった小包を他の食料品と一緒にレジに出す。伝票は予め完璧に書いていたようで透が何か手を加える必要はなかった。店員は慣れた手つきで受け付けて、その他の食料品を通していく。お馴染みの唐揚げ弁当、酒とタバコは忘れられない。 会計を済ませた透は帽子を深く被り直し、そそくさと店を出る。人々が歩き回り、普段とは違う環境に戸惑いながら彼の待つホテルへ帰るのだ。 (…にしても何を送ったんだろう) 透はプライバシーだと無理矢理でも見ないようにした。守屋の考えていること全てを知りたいと思うのに、見えそうになるとなんだか恐ろしい。 透は昔から自分には価値がないと思っている。だからだろう、彼が命に価値を求めれば求めるほどその隣に自分は相応しい人間ではないと思える。 (ああ、また嫌な事を考えてしまう…) 左手のビニール袋の取っ手が肉に食い込んだ。透は俯きながらそれを右手に移す。先を進む足がどんどんノロマになって、通り過ぎる人々があまりに速い。マスクのせいか少し歩くだけで息苦しく、点字ブロックに足を取られ透は躓きそうになるのだ。 (気付かれたらどうしよう) 透が全く価値のないものだと目を覚ましたなら、彼はいないものとして扱いそうだ。それに今の自分は耐えられない。彼なくしては生きている意味が無いとまで言える。 (あの人より後に俺が死んだならきっと…。) 透はこの道中そんなことばかり考えていた。守屋に死んで欲しい訳では決してない。その時が来たなら彼より後に死ぬ必要があると考えているだけだ。しかし心の弱い透は三度も最愛を無くすことに耐えられないだろう。 (一緒に死んだならそんな事考えなくていいけれど) 「すみません、お兄さんちょっといい?」 そう背後から肩を叩かれ、透は「あ、はい…」と振り返る。彼らを視界に入れた時、透の喉は絞ったようにひゅっと鳴った。 そこには警察官二人が"フラフラと歩く不審な男を見つけてやった"と言わんばかりに立っている。 「お兄さんこれからどこ行くの?」と馴れ馴れしく聞かれ、透は「買い物して帰るとこです…」と乾いた口でどうにか話した。 職質のターゲットとしては透のような人間は格好の餌だ。何もやましいことがなければツイてない日だ、で済むことだが、今の透はやましい事しかない。 (ど、どうしよう) その動揺は簡単に彼らにも伝わる。「身分証見せてくれる?」と言わせてしまえばこちらの負けだ。 「えっと、今証明出来るものが無くて…」 透の財布はズボンの右ポケットだ。そこに入れた免許証を見ればきっとすぐに開放されるだろう。だが、もし警察関係者達に透や守屋の情報が出回っていたらと考えるとそれは出来ない。 「それに、急いでるんですが…」 二人の警察官は「見せてくれたらすぐだからさあ。」と透を急かす。 「それともなに?なにかやましい事でもあるの?最近多いんだよねえ、君みたいな怪しい人」と威圧感を醸し出して、萎縮させるつもりなのだろう。彼らの見下した目に透はギュッとビニール袋を握った。 「あ、怪しいですか…」 震える声には怒りも混ざっている。彼らは透を小馬鹿にしたように鼻で笑った。 その目は辺りを瞬時に観察する。それはいかにして彼らから逃げるか頭の中でシュミレーションするためだ。 前方は行く手を阻むように警察官が壁になっている。という事は逃げるならホテルからは全く逆方向になるだろう。…最悪タクシーでも拾って元のホテルの場所まで帰ればいい。 次に透は握られた荷物に目をやった。缶ビールやら弁当、その他諸々で中々重い。これを持って逃げるのは無理がある。勿体ないが捨てる他ないだろう。 (大丈夫、…大丈夫、俺なら出来る…) 透は心の中で五秒数える。四、三、二、一で荷物を捨てて後ろ側へ全速力で走った。 「おい!待て!」と怒鳴り声と共に追いかけてくる足音が聞こえる。透は人の間を縫いながらどこそこ入り組んだ場所へがむしゃらに走った。 ビルの影のせいか、景色が暗く沈んだ。彼らは諦めたのか後を追っては来なかった。透は肩を上下に揺らしながら物陰に隠れて一旦休憩する。 (俺ってこんなに早く走れたんだ…) 間違いなく新記録だ。なぜ学生時代これが出来なかったのだろう。なんだが頭がハイになって、おかしな笑いが込み上げてくる。 「ひ、あはは、あははは!」 透は通り過ぎる人々の横で必死に揺れる体を押さえつけた。少し様子のおかしい透を誰も気にしない。きっと透がわんわんと声を上げて泣いていたとしても変わらないだろう。 通り過ぎる子供がじっとこちらを見て、それを母親が「見ちゃダメ!」とその手を引いて足早に去った。 (やっぱり俺の居場所はあの人しかいない) それは透の背中を後押しさせるには充分だった。 バン!と乱暴に開かれた扉の先には、様子のおかしい恋人がいる。走ってきたのだろう、ひゅーひゅーと息が上がって、顔色も悪い。それに買い出しに行くと言ったのに彼は何も持っていない。守屋は直ぐに外で何かあったのだと悟った。 「おかえりなさい。…なにか問題がありました?」 その問いに彼は引き攣った笑顔を浮かべて「何も」とだけ答える。 「…荷物はちゃんと出しました」 「ありがとう、それはいいのだけれど君は買い出しに行ったんじゃなかった?」 透は自分の手の甲をくるりとひっくり返して「忘れてました。どこかに置いてきたのかな!」と頓珍漢なことを言う。それにテンションも高く、いつもとは明らかに違う。 「透くん、…大丈夫?事件のこと、何か見てしまいました?」 「いえ。なにも。なんでそう思うんですか?シャワー浴びますね」 透はそう言ってさっさと浴室へ行ってしまう。守屋と会話する事を拒んでいるのか、それとも頭を冷やそうと言うのか。 (大丈夫かなあ。) 守屋はそう思いながらふかふかのベッドにダイブして、スマートフォンで情報収集を試みる。ネットニュースの記事には今のところ進展はなかった。事件が明るみに出ただけで"まだ"守屋と透の顔や名前は出回っていない。それも時間の問題だろうが。 (それにしてもネットのコメントって酷いことばかり書いてあるなあ)と他人事のようにそれらを流し見る。そこには至極真っ当な意見ももちろんあるが、誰が犯人だ、やらこの街はおかしな人間しか集まらない、など好き勝手憶測を書き連ねている。 うら若き間宮穂乃美が殺され、更には裏山の大量の死体、…街は悪い意味で有名になった。それはとても悲しいことである。 (見るだけ時間の無駄か、) 守屋はスマートフォンを放ってベッドに大の字になった。日差しが強くなり、部屋は朱色に染まっていく。眩しさに小さくため息をついた時、ちょうど浴室の扉がガチャリと開かれた。 守屋は横目でちらりと彼を見る。草臥れTシャツはお馴染みの無地、濡れた髪をタオルで適当に拭いて、透はベッドの端に腰掛けた。 「どう?さっぱりした?」 「はい。」 丸まった背中にそっと手を伸ばす。その肌は布越しでも分かるほど冷たい。 「まさか、…真水でも浴びた?」 「…」 「やっぱりなにかあったんですよね。僕にも言えないこと?」 守屋は躊躇うことなくその背中を抱きしめる。その体に熱が馴染んでいくのは心地が良い。まるで一つになったように感じるのだ。 彼はゆっくりと体をこちらに向け、その存在を確かめるように優しく守屋を抱きしめた。 「どうしたの?」 と問いかけると、彼はゆっくりと体を離して真っ直ぐこちらを見つめた。そして穏やかな表情で本音を零すのだ。 「あんた、俺が死にたいって言ったら一緒に死んでくれる?」 何の冗談だ、きっと彼は涼しい顔をしてそう言うのだ。透は言葉にした癖に怖くて下を向いた。他の人間から否定されてもどこか"しょうがない"と受け入れていた透が、今は寛容になれそうもない。 「…」 守屋は返答に困っているのだろう。その無言の時間は透にとってとても苦痛だった。恐怖を抑えながらゆっくりと視線を再び彼に向ける。 その整った顔は天使のように微笑みを浮かべ、まだ冷たい透の手を優しく握った。彼の意図が分からず透は口をキュッと噤む。明暗対比が濃くなれば濃くなるほど、綿密に練られた演出のようだ。守屋はその画角に収まる俳優と言ったところか。 「僕と死にたいってほんと?」 その瞳は涙の膜で覆われて、光にキラキラと輝くのだ。やがてそれは右頬をぽろりと零れ落ちた。 「な、なんであんたが泣くんだ?…そんなに嫌?」 透はまさかそんな反応をされるとは思っていなかったので目に見えて狼狽える。その涙を不器用に拭ってやると、彼は愛らしい笑顔を浮かべて首を横に振った。 「嫌じゃないよ。プロポーズされた女の子の気分になっただけです」 「なんじゃそりゃ…」 「人間嬉しすぎると涙って本当に出るんだと驚きました。」 守屋は透に抱きつくと、甘えるように頭を押し付ける。無邪気な抱擁は穢れなど感じさせず、透は心が浄化されていくような気がするのだ。 (嬉しいなんて言うのはあんたくらいだよ…) 「確認ですけど、ジョークとかじゃないですよね?」 「はい。」 「そっか。…でも聞いていい?君は今までどんなに辛いことがあってもその選択を選ばなかった。今とても僕らは厳しい状況だけど、それが好転したら考えが変わる?」 確かに透は今まで何度も死にたいと思った。だがやはり生きたいとも思っていたのだ。それは透を慰め続けた守屋は分かっているのだろう、一時の気の迷いかどうか確かめたいのだ。 「…俺は逃げ回る事が嫌で一緒に死のうって言ってるわけじゃないんです。」 透は胸いっぱいに空気を吸い込んでゆっくり吐き出した。透の言葉を待っている彼に、嘘偽りなく話さなければならない。命を貰うのだから誠意を尽くしたかった。 「いずれ…人は死ぬでしょ?もし俺が先に死んだとして、あんたは『価値がなかった』ことに気がつく。そして直ぐに忘れちゃうだろ。でもあんたが先に死んだらそれはそれできっと俺は…」 「だから二人で一緒に死にたいんだね。」 守屋の言葉に透は深く頷いた。あまりにも馬鹿げた理由だ。卑怯で、自己中心的な考えを守屋に押し付ける。『一人で死ね!』と言われてもおかしくない言い分だろう。やはり透には守屋だけなのだと胸が熱くなる。 「明日天気がいいんだ。そこのバルコニーから朝焼けが見える。高さも十分にあるから、明日君の気が変わってなかったら一緒にいこうか」 ビルの隙間に沈んでいく太陽に目を細めながら透は最後の日没を目に焼きつけた。 「流石にまずいですよ…」 雑踏を足早に行く男の後ろを、濱村は縺れる足で追いかける。その言葉に彼は聞こえていないふりである。 「そう思うのなら濱村巡査部長、貴方は帰って仕事したらどうです?」 大切な家族を殺され冷静になれるはずは無い。そう分かっていながら濱村は堂上につい情報を漏らしてしまったのだ。この事が上層部に知られたなら…考えるだけで恐ろしい。 たまたま堂上が新幹線に乗り込むところを目の当たりにして追いかけて正解だった。早いところ説得して大人しくしていてもらわなければならない。 「そういう訳にはいかんのですよ…。警部補、貴方は捜査から外されているんですよ。…確かに自分が余計なこと言ったのが悪いですが」 「別に貴方から聞いたとは言わないですよ。」 「…そういう問題じゃ…。それに一体どう探し出すつもりですか?ここにいるとも限らないじゃないですか」 ようやく足を止めた堂上は目の下に真っ黒な隈を作り、随分窶れている。まともに寝てもいない、食べてもいない、そのような状況なのだろう。 「まずは駅周辺のコンビニからあたろうと思ってますよ。防犯カメラあるでしょ。」 「…照会書がないと―」 「そんなもんいいんだよ!」 男の強い怒りに濱村は肩を強ばらせた。通り過ぎる人々もその差し迫る空気にチラチラと視線をやる。 「…とにかく邪魔しないで頂きたい。」 そう言って再び雑踏に突き進む男に、濱村はとても胸が傷んだ。今の堂上は刑事としてではなく、きっと間宮穂乃美の叔父として行動しているのだ。 (…可哀想に) 「自分も手伝わせてください!」と正義感に突き動かされ、濱村は彼の問題行動を無かったことにした。 狭く散らかった事務所の中、カチカチとマウスをクリックする音だけが響いた。小さなモニターをひたすら凝視する二人は、その男が映像に現れるまで粘り続ける。 「…本当にこのコンビニに来たんですかね?」 濱村は目を凝らしながらそうボヤく。かれこれ一時間ほど経過した頃だった。 「オーナーさんが見たって言ったんだからそうでしょう」 ここはそこそこ駅から離れたコンビニだ。堂上はまず守屋と坂森の顔写真を見せて回った。十軒目のコンビニでようやく『このお兄さんなら最近よく見かける』と守屋の顔写真に反応があったのだ。 「大体お昼頃でしょう?…十四時過ぎてますけど写ってないですね…。もしかして勘違いなんじゃ?」 濱村は隠すことなく大きな欠伸をする。犯人への手がかりが掴めそうだから安心したのだろうが、配慮を欠く行動だ。自分からついてくると言っておいて小言が多く、終いには目を擦って眠いアピールだ。悪い人間ではないが、坂森透がやけに濱村に対して敵意剥き出しだった理由は想像出来る。 「巡査部長、そういうところですよ」 「え?…そういうところ、ですか?…あ!」 画面を指さすそこには、何事も無かったかのように買い物する男の姿が映し出されている。堂上はぎりぎりと歯ぎしりをしながらその男の行動を画面に穴が空くほど見るのだ。何度も何度も巻き戻して、本当にそれが本人なのか確かめる。 「…どうやら守屋本人ですね。でも、透君は居ないみたいだ」 「彼は恐らくどこかに引きこもっているでしょうね。それか既に手にかけられているか。」 「でも…透君が殺人鬼に協力するなんて考えられない…。何か弱みを握られているのかもしれないです」 最早それはどちらでも良い事だ。彼女を殺した男に協力したのだから同罪である。穂乃美は坂森透を最後まで心配していた。それを彼自身分かっていたはずだ。 (善人ぶって、あの子を死に追いやった坂森透も悪魔だ) 煮えたぎっているだろう腸、血走った眼、額に浮かんだ青筋に濱村は気まずそうに咳払いをする。 「もう一度オーナーに詳しく話を聞いてみましょう。ここら周辺で身を潜めているに違いない。」

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