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19:坂田店長と杉村達也の場合【完】

「達也さん……、今日、嫌でしたか?」 「は……?」 「僕、男性の方と、しかもお客様にあんなことをしたのは初めてだったんです。どうしても衝動が抑えられなくて……」  申し訳なさそうに話す祐介に、俺は唖然とする。  慣れてる気がしたから、てっきり、客とこういうことをするのはよくあることなんだと、思っていた。   「……本当に、申し訳ありません」  そう低い声で言ったあと、深々と頭を下げられて、俺はぎょっとする。 「えっ、や、やめろよ、そんな……!」  慌てて両肩に手を置いて、頭を上げるように促すと、やつは世界の終わりがきたみたいな暗い顔をしていて。  明るくて、まるで歌のお兄さんでもしてそうな爽やかイケメンが、そんな顔、似合わないって。   「……では、達也さん、また来てくれますか?」 「へ?」 「僕にもう一度、チャンスを下さい。変なことしない……とは、自信を持って断言出来ないですが、でも、善処します、だから」  正直すぎるだろ、ばか。    必死な兄ちゃんに、俺は何故か可笑しくなってきて、思わず笑ってしまった。   「ぶっ、ははっ」 「えっ! なんで笑うんですか!」  心外そうに言うこいつに、ごめんごめん、と謝るけど、ぶっちゃけまだ顔はニヤけてしまう。    だって、なんか、嬉しかったんだ。  性行為のためだけじゃなく、好意を向けられることに。  こんなに必死に言ってくるなんて、ばかかと思ったけど、嬉しかった。    所詮は身体からの付き合いかも知れない。  だけど、気になってるのは、お前だけじゃないんだよ。 「また来る、から」 「えっ、」 「今度はマッサージしに。ああいうことするのは、もっとお互いよく知ってから、な」 「達也さん……、」  ほっとしたような、そんな表情。    その顔を見送った俺はニッと笑って、やつに背を向けた。  晩飯も風呂もまだだし、そろそろ帰らないと明日の仕事に響く。   「達也さん、」  ノブに手をかけたところで名前を呼ばれて、振り向く。    柔らかい笑顔をした祐介が、そこには居て。   「またのご利用を……、お待ちしています」 「……あぁ、またな」  軽くお辞儀されて、やんわりと穏やかな笑顔に、俺も僅かに微笑む。    そして俺は、外に足を踏み出した。    ばたん、と背後で閉まる扉。 ……後ろ髪を引かれるって、こういうことなのかな。  もっと話して、もっとあの笑顔を見ていたかった。    肌寒いのは、きっと薄着だからだ、と思うことにする。    俺は多分……、いや、絶対。  あの兄ちゃんが居る限り、またここのマッサージ店に来てしまうんだろうな、と心のなかで自嘲した。 fin. 111024~111204 220609 move

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