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【番外編】ケーキ食おうぜ!

「ヘイ、辻メン! ケーキ食いに行こうぜぇ!」  などとのたまい、土曜の午後の料理配信者を拉致した男がどこに行くのかと思えば、マジでほんまにお洒落な喫茶店だった。 「いや、ええねんけど……ええねんけど、おれと瀬羽くんお二人ぼっちで女子と女子と女子のど真ん中で仲良うお茶してんの、絵面的にナシやろ……」  上機嫌に二人分のケーキセットを勝手にオーダーした誘拐犯ことアッパーズキャスト所属のAV監督こと瀬羽くんは、今更ながらの一応の反撃を試みるおれに、片眉上げてぶち切れてくださる。 「はぁーーーーー!? なんなんすか伊都センセイーーー先生はぁーーーー男がケーキ食ったら駄目とか恥ずかしいとか男らしくねえとか言いやがるタイプのクソ野郎なんすかーーーー!?」 「なんやのキミ、土曜の真昼間っから酔ってんのか……?」 「いや、ド素面。お高いケーキ食うのに酔ってちゃケーキさんに申し訳ねえだろうがよぉ……いやつーかマジで誰も付き合ってくんねーの、ケーキ食おうぜえっつっても」 「はぁ。まあ、せやろな」  おれは割かし甘いの好きやけど、それでも喫茶店に入ってケーキセットオーダーしてまで食おうとは思わん。なんでかってーと、喫茶店ってやつは大概は女子の縄張りだからだ。  いまだってチラッチラとこちらを窺う周りの視線がそこそこ痛い。いくら帽子で半分隠そうとおれの赤髪は目立つし、瀬羽くんは逐一声がでかいから尚目立つ。ま、こそこそと形見狭くケーキつついててもなんやのホモなのって思われそうやし、ここは正々堂々ケーキ食いにきただけの男やねん文句あっか? くらいの気持ちでおったほうがええんやろなーとは思うがそれにしても瀬羽くんはなんちゅーか態度がえらいこう、壮大やな。キミの面の皮どうなっとんのや。ホンマに。  と思いながらアイスコーヒー啜っていたのは絶妙にばれていて、ふは、という軽い苦笑を食らう。 「まあ、そう恥ずかしがんなよ。どうせここに居る女全員明日になりゃオレの眼鏡と辻やんの髪の色くらいしか思い出せねーよ。そんなもんだ」  からりと笑う。吐き捨てるような強さはあるものの、その言葉には妙に明るい思いやりが滲んでいた。  あー……うん。マキちゃんは、この男のこういう乾燥してぱっきりとした雰囲気が、好きなんやろなぁと分かってしまってよろしくなかった。 「なんやろなぁ……瀬羽くん、おれのまわりにおらんかったタイプで対処し辛いわぁ」 「いいじゃねーか。人生何事も経験だぜ。幾つになっても新しいこたぁたのしーぜって言って笑っとけよ」 「喫茶店のど真ん中でなんやええかんじのこと言われてもなぁ。ちゅーか、今日は休日出勤やなかったんか。マキちゃん出勤してったで?」 「柊也がいまやってんのオレの方じゃなくて、佐塚んとこだから」 「はー。なるほど。……せやったらホンマにおれとキミのお二人ボッチっちゅーことか」 「なんだよ。この機になんか言いてえことでもあんの? 柊也には手を出すなとか近づくなとか触んなとか仕事軽くしろとか言われても善処できねーよ?」 「いやーそないな心せまーい男やないわ。……せやけど、あのー、実は若干、うーん気になることはあるといえば、ある、というかー……」 「は? なによ」  ずるずる。珈琲を啜る合間に、瀬羽くんはマキちゃんのことしたの名前で呼ぶんやね、と言えば、キョトンとした後に眉を寄せてから笑う。その顔、喜怒哀楽のどのポジションなのかわかりにくいわ。 「十分こころせっめーじゃねえかよー」 「うっさいわ。気になんやろ。キミ、他の子ぉのことは名字で呼ぶやろ。下の名前呼ぶのは女の子とマキちゃんだけやん」 「え、めっちゃ把握されててドキッとしちまうじゃねーの……っつー冗談はさて置き引っ張る話でもねーからサクッと解決させんぞ。いいか、アイツの名前は環柊也だ。わかるか? わかんねーだろうけどな、うちの業界は大半は真面目な仕事馬鹿だけどたまには下ネタお化けみてえな奴もいんのよ。しゃーねーよ、そういう職場だ。そういうとこでよー、環なんて連呼してみろよ。おま、ぜってーあだ名『タマキン』にされんだろ」 「………………え。理由、それなん……?」 「他にねえよ。いや、笑い事じゃねーんだよ。まじで。マジで下ネタがおもろいって思ってるクソヤロウは存在すんだよ。そんでそういう奴は、下ネタもじりのあだ名がおもしれーって心底思ってんの。そんなん呼ばれて『わぁー! さいこー! ちょううれしー!』なんて思う奴、百人に一人いたら奇跡だってことも知らねーの。だからオレは断固柊也って呼ぶね。ぼくちんの彼氏の下の名前を呼ぶなんて~! っつー話ならさっさとあいつと結婚なりなんなりして名字変えてからつっかかってきやがれー」 「いや、そこまでは言うてへんけど。なんやあれやな……キミ、ほんま見た目よりいいひとやねんなぁ……」 「見た目よりってなんだよ一言余計だろ」  結構本気で感心しているのだけれど、瀬羽くんは照れるでもなく当たり前のように『まあ褒めてもらえんなら喜んで褒められとくわ』と笑った。  うーん。男前やなぁ。その照れたりせえへんとこ、参考にしたいもんやなぁ。  ちゅーかマキちゃんの理想の上司が瀬羽くんなのはなんとなーく察してるけども、もしかして理想の男も瀬羽くんなんとちゃうやろか……。おれが『好みかどうかと言われたらそういうわけでもない』みたいな絶妙ラインなことはなんとなーく察してるし、このまえしこたまビール飲ませたときになんとなーく吐かせたけども。  いやええねんけどね? おれなんてそもそもゲイやないし、マキちゃんが好みかって言われたら完璧にわからんし。  せやけど、目標ってやつは持っておきたいとは思う。  正直おれなんかのどこが好きでどう惚れたのかさっぱりわからん。わからんせいで、どうしたら一生マキちゃん惚れさせておけるのかもさっぱりわからん。  この先も、初恋フィルター取れた後も、伊都さんだいすきですって言うてくれんと困る。おれが困る。めっちゃ困る。困って泣く未来しか見えへん。あかん。ようない。己の健康な思考の為にもやっぱしこう、うん、……いやぁでも瀬羽くん目標にすんのはハードル高くないか……?  などと勝手にだらだら考えたり観察していたりしているうちに、勝手にオーダーされたケーキのプレートが届く。  うーん……フォトジェニック……。  と思っているうちにさっさと写真とった瀬羽くんは、さっさとフォーク突き立てて、結構バクバク食っていた。  思い切りが良すぎて引くわ。おれも結構さくさく行動する方やけどなぁ、キミほどやないわ……。 「お、なんだよ辻やんくわねーの? そういや言い忘れてたけど奢るぜ? 勝手に連れてきて勝手にオーダーしといて今更だけどなぁふはは!」 「いやほんまオーダーくらいはおれの意見聞いてほしかったわ。シフォンケーキは好きやけど」 「生クリームガン乗せパンケーキ好きな野郎はシフォンケーキも食えるだろ。たまにあんだよ、シフォンケーキ食いてええええええってとき。でもよ~シフォンケーキってケーキ屋とかスーパーとかになくね!?」 「あー……せやなぁ、ない、わな。見かけんわ。そういや食いたいときは作るわ」 「………………!」 「まて。その手があったか! みたいな顔すんのやめーや。作らんからな。大変やねんあれメレンゲ立てんのが。おれケーキは専門外だからハンドミキサー持ってへんねや。マキちゃんかゆずちゃんがせんせーシフォンケーキ食べたいですって語尾にハートつけておねだりせえへんかぎり作らんぞ」 「あー。柊也甘いの食わねえし、ゆずもアレ、甘いの食わねえだろ……ケーキ食いに行こうぜっつったらすげえ微妙な顔されたし……あいつすき家と吉野家となか卯は上機嫌で付いてくんのによ」 「ああ……肉と米好きやからなあの子……」  食の好みが男子学生みたいなんよなぁ。そういうとこ、かわええねんけど、ゆずちゃん。 「つか二人にケーキ食いに行こうぜ! っつったら間髪入れずにおまえおススメされた」 「…………えええ。人身御供やん……」 「先生甘いのお好きですよぉ!」 「ゆずちゃんの真似やめーや、若干似てて腹立つわ。……ちゅーかおれ、マキちゃんにも売られたんか!?」 「あー、いや柊也は『二人で、喫茶店で、ケーキ、だと……?』みてえな顔はしてたぜ一応。だから許可取ったぜ一応」 「許可……?」 「おう。彼氏借りる代わりにローションパンスト手コキのやり方教えてやんよっつったら、秒で『行ってらっしゃい!』って言われた」 「おん……斬新な売られ方したなぁおれ……」  ちゅーかそれ、おれがやられる方なんやろか……それともマキちゃんがご自分で……? ご自分でローションパンスト手コキを? ああ、いや、今後のAV監督人生のたしなみとして覚えておきたいテクニックだったのかもしれへんけど。……個人的にはご自分でやるマキちゃんを拝みたい。ちゅーかおれにも教えてほしい、けど、何にしてもオシャレカフェのど真ん中でケーキ食いながらする話やないわ、と気が付き口を噤んだ。  まあ、でも、恋人の独占欲の話はむず痒くてええな。うん。にやにやしてまう。おれの感情の機微に無駄に敏感な瀬羽くんは、さっさとケーキ食い終わった後に珈琲を飲み干し、笑う。 「……結構ちまちまあんぜ? 柊也の『職場でうっかりカレシ自慢』発言」 「…………まじで? え、マキちゃんそんな、え。おれの話すんの?」 「するする。あいつ割と頭ンなかお花畑よ。つーかお花畑んときは最大限楽しんどきゃいいのよ。ってオレは思ってるからコイバナは積極的に吐けよ惚気てなんぼだぜって言ってるからかもしんねーなぁ」 「オープンかつ仲のいい職場なやホンマ……勤務時間がブラックなことだけが残念やわ」 「人が足りねえのよ~~~っつーわけで取引どーよ辻やん。くそアマ柊也の伊都さんだいすき発言集、覚えている限り提供するしなんなら都度めもるぜ」 「代わりに、シフォンケーキ作れ、か?」 「ご名答~」 「ふうん。よっしゃ、乗っ――」 「だめ、です!」  おれの言葉を遮ったのは、唐突にテーブル横に立った男――なんと今話題にしていたばかりのマキちゃんだった。 「瀬羽さん、伊都さんとケーキ食うのは許可しましたけど俺のプライベートを切り売りすんのはやめてくださいよッ! つか次は伊都さんちでお茶する気なんです!? そういうの良くないと思います!」 「うっわぁ、横暴カレシだ~いいじゃんかよちょっとくらい。シフォンケーキ食ってだらだらして夕飯御馳走になるくらい許せよカレシ」 「ちゃっかり夕飯まで食う気でいるところですよ、ほんとそういうところですよ……」 「マ……え、え!? い、いつの間に、」 「いやさっきからちょっと向こうの席にいたぜ? 辻やん全然気づかねえからうけるって思ってたけどよ」 「い、言うてやそういうの……ッ! てか何これ瀬羽くんのしこみか!?」 「ンなわけねーだろ柊也にはきっかり断られたわ。逆にオレがききてーわなんでお前カッフェで茶しばいてんだよ柊也ァ」 「お、俺は、その、……反対したんですけど。えーと、今日瀬羽さんと伊都さんがケーキ食べに行くらしいですって言ったら佐塚さんが、おもしろそうだから見に行こう、って……」  振り向いた先では、確かに佐塚氏が無表情でケーキ食いながら手を振っていた。  ……みんな暇やな、というか。 「……愛されてんなぁ、瀬羽くん」 「いや愛されてんのは柊也だろこれ。オレじゃねーだろ。つか佐塚暇なのかよ! おま、忙しいっつーから仕事振るのやめたのによ! 柊也も止めろよ!」 「止めましたよ。終わるんですかって。こちとら休日出勤なんですけどって。でも佐塚さんが、あのー……」 「なに。なんだ。言え」 「……付き合えば、足コキの仕方、教えてくれるって言うから……」  顔を赤らめて目を逸らしてぼそぼそ喋る。その仕草は完全にかわいらしいのに言うてる言葉が残念すぎて、逆にかわいくてアカンかった。  もー……なんやろなぁ、きみの、そういうちょっと駄目なとこが、最高にすきやねん。  は~~~と、机に崩れ落ちたおれの頭の上に、瀬羽くんの呆れた声が落ちてくる。 「いまの萌えどころなの? うそだろバカップル」  まあ、うん。おれもそう思うわ。  ところでそれ、おれがされるんかきみがされるんか、どっちやの? って話は勿論ここでやるわけにはいかなかったから、お互い帰ってからちゃーんと話そうと頭に刻み込むことを忘れなかった。 終

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