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第3話
次の日、颯太郎はまたフードコートでうどんを食べていると、見覚えのある登場の仕方で陣はやってきた。
「って、今日もうどん? うどん好きなのか?」
そう言う陣は、カツ丼とカレーライスを持って来ている。颯太郎に断りもなく対面に座り、手を合わせるので思わず、ここで食べて良いなんて言ってない、と言った。
「どうして? ってか、俺の質問に答えてよー」
「うどんが好きかって話か? 別に普通だ」
質問に答えたからどこかに行け、と颯太郎は陣を睨む。すると彼は睨まれているのに、またあのオレンジ色を纏うのだ。
颯太郎は諦めて、自分の食事をさっさと済ませることにする。その様子を見ていた陣は、嬉しそうに笑った。オレンジに薄桃色が混ざり、颯太郎はう、と息を詰める。その色の意味に気付いた颯太郎は、ここまで素直に言動と感情が一致してる人、珍しいな、とそろそろと息を吐き、うどんをすすった。
昨日もそうだったけれど、睨まれて嬉しそうにするとはかなりの変人だ。どうしてこの人に付きまとわれるんだろう、あの時助けなければ良かった、と颯太郎は後悔した。
「なぁ、午後もまだ学校にいるだろ?」
陣はカツ丼を口に含みながら喋る。教えてやる義理は無いので無視を決め込んでいると、陣はクスクスと笑い出した。
「なぁ、何でそんなにガードが固いの?」
普通に友達として、聞きたい事聞いてるだけじゃん、と言われ、誰が友達だ、と颯太郎は返した。
「えー? 俺、命と同じくらい大切にしてる腕時計を助けられて、結構颯太郎のこと好きなのになぁ」
つれないなぁ、としょげるふりをしているけれど、大袈裟だし感情はオレンジ色だ。からかっているらしい。
「……ごちそうさま」
颯太郎はそう言って席を立つと、待って! と後ろから声が聞こえる。しかし数歩歩いたところで別の声に呼び止められ、足を止めた。見るといかにも不機嫌そうな女子学生が立っている。彼女は青と黒の感情を纏い、嫌そうに言った。
「次のゼミ休講。返信くらいしてよね、先生も困ってるんだから」
彼女は同じゼミの生徒だ。ゼミのグループでメッセージがきていたが、その後雑談になっていたので既読スルーをしていたら、わざわざ確認しに来たらしい。
「分かった。わざわざどーも」
すると彼女の後ろで黒い感情を纏った女子学生が数人、こちらを見ていた。何か言いたそうなのに何も言ってこない。言う勇気もないだろう彼女らは、今話した女子学生に付いてきただけらしい。
「ねぇ、何でそんな嫌味な言い方しかできないの?」
颯太郎はため息をついた。女子は集団でこちらを責めてくるから、嫌いだ。黙って歩き出すと、「感じ悪っ」と言う声が聞こえる。無視してフードコートを出て、昨日本を読んだベンチに向かった。
「……」
しかし颯太郎は角を曲がれば目的地というところで、踵を返して他の場所を探す。建物の陰から目の覚めるようなピンクが見えたので、そちらには行かない方が良いと悟ったのだ。
(学校で盛ってんじゃねー……)
そういえば、そろそろ屋内で落ち着ける場所を探そうとしてたんだった、と颯太郎はよく講義で利用する建物……三号館に入ると、階段で二階に上がる。しかし人通りはそこそこあったので、もう一つ上の階に行く。すると廊下の一角が広くなっていて、休憩スペースなのか机と椅子が設置されていた。ここなら、と颯太郎は次の講義まで暇を潰すことにする。
はあ、と颯太郎は椅子に座ると机に突っ伏した。人に嫌われる事はいつもの事だけれど、強い感情に遭遇すれば疲れてしまう。颯太郎はしばしそこで眠った。
どれくらい寝ていたのだろう、ハッと気付いた時には次の講義の十分前だった。
「お前、そんな所で寝るとか不用心だぞ?」
不意に横から声がしてそちらへ向くと、陣が椅子に座ってヘッドホンを耳から外していたところだった。何故ここに彼がいるのか、と驚いていると、俺を置いてきぼりにすんなよな、と少々拗ねた口調で言われる。
「いや、そもそも一緒に食べてなかっただろ」
すると、彼は大袈裟に大きなため息をついた。しかし次の瞬間にはニッコリと笑っている。
「何でそんなにつれないの? 俺はただ、颯太郎と仲良くしたいだけなのにー」
「そんなの、俺は頼んでない」
そう言いながら、颯太郎はカバンを持って立ち上がった。陣も立ち上がると、颯太郎の後を付いてくる。
「そんなに誰かとつるむの嫌?」
横に並んだ陣が顔を覗き込んできた。颯太郎は視線を伏せる。
「そういうお前こそ、俺なんかに付きまとっていないで、友達の所に行ったらどうだ?」
「俺が颯太郎が良いって思ってるんだから、颯太郎が泣いて頼んでくるまで付きまとうよ」
その言葉を聞いて、颯太郎の顔から表情が消えた。元々無表情だったけれど、更に冷たくなった颯太郎の顔を見て、陣は何故か嬉しそうに笑う。
「あ、颯太郎って怒るとそういう顔すんのな」
そう言った陣は、やはりオレンジ色を纏わせていて、これはどうしようもない変人だ、と颯太郎は思う。
そして階段を下りようとした時、嫌な予感がして足を止めた。それに気付いた陣は、振り返って颯太郎を呼ぶ。
「どうした? 次の講義、一緒だろ?」
ここから下りるだろ? と言う陣は、更に足を進めようとした。
「待て。……違う階段から行こう」
思わず颯太郎が止めると、陣は不思議そうにしている。しかし颯太郎は陣を無視して、方向を変えて歩き出した。
「あんた、ふざけてんの!?」
「ちょ、止めてよっ」
直後に聞こえたのは女性の声。どうしてそんなに怒っているのかは分からないけれど、その強い感情は階段を下りる前から「見えて」いた。
颯太郎は動悸がして苦しくなる。早くここから離れたい。そう思って足を早めると、後ろから陣が追いかけて来た。
「うわー……女っておっかないな……」
首を竦めて歩く姿は本当にそう思っているようで、遠回りかぁ、とため息を付いていた。しかし、次の瞬間にはまた笑って颯太郎に質問を投げかけてくるのだ。
「あ、颯太郎は女に泣かされた事ある?」
実は俺、あんまり良い思い出ないからちょっと苦手なんだよねー、と手を頭の後ろで組んで歩く。颯太郎は答えたくない質問だったので無視をすると、また無視かよーと陣は眉を下げた。
「そんな仏頂面してると、モテないぞ? 颯太郎、綺麗な顔してるし、笑ったら可愛いと思うけどなぁ」
颯太郎の眉がピクリと動く。陣が悪気なく言っているのは分かっていた。けれど、颯太郎の一番言われたくない言葉だったので、思わず反応してしまう。
『颯太郎は可愛いね』
脳裏にその言葉を言われた状況が浮かび、それを打ち消すために、思わず壁を思い切り拳で叩いた。そして今はいないその人物を空中に描き、そいつを睨む。
「……颯太郎? ごめん今の、地雷だったか?」
陣は颯太郎が本気で嫌がったと気付いたらしい、眉を下げて顔を覗き込んできた。
「……」
颯太郎はハッとして我に返ると、胃の辺りがムカムカした。グッと息を詰めてそれをやり過ごすと、再び歩き出す。
「……帰る」
「えっ? 講義は!?」
陣は慌てて颯太郎を呼び止めようとしたけれど、それよりも先に颯太郎は走り出した。
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