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第4話
そして次の日、また次の日と、陣は颯太郎を探してやって来ては、とりとめのない話をしたり、颯太郎の事を聞き出そうとしてきた。彼は颯太郎といるだけで楽しいらしく、顔を見るなりあの綺麗なオレンジ色を纏わせるのだ。そして日を追うごとに時折そのオレンジ色が、淡くなって薄桃色になる。それは決まって颯太郎の顔を眺めている時で、その色の意味を知っている颯太郎は戸惑った。今、フードコートで暇を潰しているこの時間もそうだ。
「なあ、颯太郎は音楽はどういうの聴く?」
陣は薄桃色を消してオレンジ色を纏わせると、そんな事を聞いてくる。昔から、感情を揺さぶられるのは苦手で、音楽はおろか、テレビや映画、写真でさえあまり見ない。
「聞かない」
すると陣は驚いた。
「テレビも映画も観ない、音楽も聴かないって……颯太郎、何が楽しみで生きてるの?」
思えば失礼な質問だが、陣に悪気は無いのは分かっている。そこにあるのは、颯太郎の事が知りたいという、好奇心の黄色と、楽しいのオレンジ色だけだ。
「そういうお前は、人の事詮索する楽しみがあるみたいだな」
「あはは、だって颯太郎、生きるの辛そうだもん。何か楽しみ見つけたら良いのになーって」
「余計なお世話だ」
颯太郎は立ち上がって歩き出すと、すれ違いざまに人目もはばからずイチャつきながら席に座るカップルがいた。目も当てられないピンク色に、颯太郎はため息が出る。
すると、当然のように付いてきた陣に聞かれた。
「……なあ、変な事聞くけど。颯太郎って予知能力があったりする?」
「……は?」
ぎくりとして颯太郎は陣を見ると、彼は何かを考えるように上に視線を送る。
「何か……颯太郎が好きな場所って、静かで人けが無い所だろ? それが侵されそうになると、スっと移動し始めるからさぁ」
めんどくさい奴らを避けているように見える、と陣は言った。それに、と更に彼は続ける。
「俺をスリから助けてくれた時、そこそこ混んでただろ? あの状況なら、ずっと俺の時計を見てたとかしない限り、難しいんじゃないのかなーって」
偶然にしては、結構な頻度で回避してるなーって思ったんだ、と陣は真面目な顔をして言った。
颯太郎は一つ深呼吸をすると、呆れたように言う。
「バカバカしい。予知能力があるのなら、そもそもお前を助けたりしない」
こんなに付きまとわれるとは思わなかった、と言うと陣は苦笑する。
「……だよな。悪ぃ、変な事言って」
しかしその直後、視界の端でどす黒い赤が見えて立ち止まる。思わずそちらを凝視していると、四十代くらいの男性が突然頭を押さえて倒れた。大学には色んな人が出入りするので、その年代の人がいること自体は珍しくないけれど、問題はその人が纏った色にある。
陣も颯太郎の視線を追ってその男性に気付き、直ぐに駆けつけた。気を失っているのかぐったりした男性は、陣の呼び掛けにも応えない。
颯太郎は怒りや興奮の赤とは違う、血が固まったような赤に呆然と立ち尽くした。
「おい! ぼうっとしてないで救急車呼べって!」
陣の声にハッとした颯太郎は、どす黒い赤を見て首を振る。
「……だめだ……その人はもう……」
「やることやってねぇのに諦めるのかよ!」
陣から興奮の赤がぶわっと広がった。その色に圧倒され、颯太郎は仕方なくスマホで救急車を呼ぶ。
十数分後、やってきた救急隊員に、男性が既に事切れている事を告げられ、警察も呼ばれた。しかし特に疑われることは無かったため、すぐに解放される。
二人とも、今日はもう講義を受ける心境ではなかったので、人けがなくなったフードコートで再び休憩する事にした。
「……やっぱり予知能力あるじゃん」
「……」
陣は椅子に座ると缶コーヒーを一口飲み、颯太郎を見る。颯太郎は目を伏せると、そっと太ももの上で拳を握った。ちなみにお金は大事に使いたいので、颯太郎は何も飲まずに座っている。
どうせなら本当の事を話して、気味悪がって離れてくれないだろうか。そんな考えがよぎり、颯太郎は静かに息を吸った。
「……本当に予知能力じゃない。でも、感情が見えるんだ」
「……感情が見える?」
予想通り胡散臭そうにこちらを見る陣に、颯太郎は頷く。
「感情が、色として見える。強ければ色が濃くなって、ネガティブなほど、黒くなる」
颯太郎の今までの経験なら、これを話したら「冗談だろ」とか「自分の感情読まれるなんて気持ち悪い」と言って離れていく人ばかりだった。陣もそのどっちかだろうと思っている。
しかし彼が発した言葉は、意外とあっさりしたものだった。
「ああ、だから分かったのか」
「…………え?」
予想外の反応に颯太郎は呆気に取られていると、陣はいつものようにニッコリと笑う。そこにふわっと涌いたオレンジ色と薄桃色に、颯太郎は一瞬見蕩れてしまった。
「通りで。いや、予知能力って言われても驚かなかったと思うけど、感情が色で見えるってので今までの事が腑に落ちたわ」
予知能力なら、さっきのおじさんが倒れる前に救急車を呼んでるだろうしな、と言われて、颯太郎は不思議な感覚になる。
普通、自分の考えていることを読まれたら嫌だと思うのに、陣は颯太郎の前から去ろうとしない。一体どういう事なのか。しかも今陣は、颯太郎を優しい目で見つめて肘をついている。まるで、今の自分の感情を当ててみてと言わんばかりに。
陣の薄桃色が少し濃くなった。颯太郎といて楽しくて、心が優しい気持ちで満たされる。淡い、恋心。
颯太郎は視線を顔ごと逸らした。数日しか会って話していないのに、しかも颯太郎は嫌な態度を取ってきたというのに、陣は颯太郎の事を何故そんな感情で見るのだろう、と。
「……悪いけど、お前の気持ちには応えられない」
颯太郎はため息混じりに言うと、陣は何故かまた笑った。
「ふふっ、そう言うと思った。けど、俺たちまだ何もお互いのこと知らないじゃん?」
陣は自分の気持ちを隠すことも誤魔化す事もせず、真っ直ぐ颯太郎を見つめている。本当に、自分の気持ちに素直な人なんだな、と颯太郎は思った。
そして、今までそんな人に出会った事がなかった颯太郎は、どう接していいのか分からず、戸惑う。
優しい目で颯太郎を見る陣は、自分の気持ちが伝わった事に喜んでさえいて、微笑みながら言った。
「俺、颯太郎が気になってる。だからもっとお前のことが知りたいんだ」
それを聞いた瞬間、颯太郎はどうしようもなく落ち着かなくなって、立ち上がる。
「……帰る」
「あ、ちょっと待ってよ!」
後ろから慌てて立ち上がる音がした。しかし颯太郎は無視して、歩き出す。
顔が熱い。
颯太郎は腕で顔を隠しながら歩く。その横で陣は、嬉しそうに笑っていた。
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