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第11話
そして週末の夜、颯太郎は陣に教えられた場所にいた。駅前にある商業ビルの地下にそれはあり、重そうな扉の前で止まる。中から音がしないので大丈夫か、と入り、もう一枚ドアを開けてそこにいた店員さんに、陣に貰ったチケットを渡す。チラシとドリンク券をもらって進んだら、そこには三十名程の人がいた。そこは小さなライブハウスで、それだけの人数がいればもう満員になってしまっている。
色の強さはあれど、みんな陣のバンドの出番を待っているらしい、ほとんどの人が期待の黄色やオレンジ色を纏わせていて、客層は颯太郎と同じくらいか、少し年上の人が多い。陣の見た目からして女性客が多そうだと思っていたけれど、意外にも男性客の方が多かった。
颯太郎は慌てて陣からもらった耳栓をする。ステージの照明が変わったからだ。
するとバンドメンバーがステージ上に入ってきた。全員がスーツ姿で、やる気の赤を纏わせている。客もメンバーを歓迎し、声を上げていた。そして陣が入ってくると一際歓声が大きくなり、リッチーズ、とどこからともなく声援が上がる。どうやらバンド名らしい。
メンバーはドラム、ベース、ギター、ボーカルの四人で、陣はマイクをマイクスタンドから取ると、彼の赤が一気に燃え上がった。
「……っ」
颯太郎はその強さに早くも圧倒されてしまう。
陣が一呼吸して言った。
「今日は、トリに呼んで頂いてありがとうございます、そして!」
陣は言葉を切る。客も固唾を飲んで次の言葉を待っている。
「今日も最高の一日にしてやるよ!! いくぞー!!」
陣は身体を折り曲げるほど全力で叫び、彼の言葉と共に演奏が始まる。
その時その場にいる全員が、一斉に同じ色に変わった。
炎のような赤、そして時折揺らめくオレンジ色。
激しい曲のリズムに合わせてそれは動き、一つの大きな生き物のように動いた。
陣が歌い出す。普段の優しい声よりも、もっと遠くに響く、鋭い声だった。
後悔しないように生きろ、がむしゃらになったって恥ずかしくない。それがお前の生きた証、人生なんてあっという間だ、大切な人の顔も忘れてしまうぞ。
そんな内容の歌詞を、陣は髪を振り乱し、足を蹴り上げながら歌っている。客の纏った色は更に大きくなり、ライブハウス全体を覆った。
「……っ」
颯太郎はそのあまりに強い感情と音圧に、心臓が爆発しそうになり思わずライブハウスを出る。
地上に出たところで壁を背に座り込むと、膝を抱えて頭を伏せた。ボロボロと落ちていく涙が膝を濡らすけれど、気にする余裕も無い。
陣が、あれだけの人数の心を一気に動かせる人だったなんて。颯太郎は素直に凄いと思った。単純に、感動して涙が止まらなくなって、ライブハウスを出てきてしまった。
こうなる事が分かっていたはずなのに、颯太郎はここに来たのだ。
何故か? 颯太郎はギュッと両手に力を込める。
正臣を初めて見た時から感じた違和感。自分は同性愛者ではないかという微かな疑惑。しかし認めるのは嫌で、ずっと違うと思い込もうとしていた。
けれど陣を初めて見た時、その纏う色に見蕩れたのだ。彼と話すようになって、彼の仕草や身体の一部分などを意識して見てしまうようになり、そして彼の真っ直ぐな気持ちと言葉を……彼の颯太郎を好きだという気持ちを、信じてみたくなったのだ。
颯太郎は陣の事が気になってしまった。いや、好きになってしまったのだ。
自覚すればあとはもう、なし崩しにあれもこれも陣が気になっていたからこその言動だったな、と思い出す。そして、それを認めたくなかったからこそ、彼にキツい言葉や態度を取り続けた。自分の言動の幼さに恥ずかしくなる。
どれくらいそうしていただろう、声を掛けられた。優しい声は陣のものだ、しかし颯太郎は顔を上げられない。
すると隣に腰を下ろす気配がした。
「まさか一曲目の途中で出ていくとは思わなかったよ」
笑い混じりに言う陣の声に、颯太郎を咎める色はない。
「どうだった?」
やっぱり優しい声で聞かれ、颯太郎はきゅっと両腕を抱える手に力を込めた。
「……感動した。けど、やっぱりこういう所は苦手だ」
「そっか……」
陣は、それでも来てくれてありがとうな、と言う。
すると、地下からバンドメンバーが出てきたらしい、陣はおつかれっす、と挨拶をしていた。
「あ、その子例の子?」
「そ。俺の歌声に思わず惚れたって」
笑いながら言う陣の言葉に、颯太郎は思わず顔を上げる。何言ってるんだ、と彼を睨むと、颯太郎の顔を見たバンドメンバーは声を上げた。
「陣の言う通り、可愛い子だな」
「ホントだ。陣、頑張って落とせよー?」
そう言って笑う彼らの纏う色は黄色とオレンジと白が混ざっている。
颯太郎は戸惑った。陣は、バンドメンバーに颯太郎の事を話しているらしい。当然ながら颯太郎も陣も男で、それをオープンに話す陣と、受け入れるバンドメンバーが何か違う生き物のように思えた。
「え、陣、な、何で……っ?」
バンドメンバーに悪意が無いことは見れば分かる。けれど颯太郎は、とても不思議な空間に放り込まれた気分になった。陣を見ると、彼はとても綺麗な笑顔を浮かべる。颯太郎は思わず見蕩れた。
「……ちょっと話をしよっか。という訳で、打ち上げは不参加で」
「オーケー。頑張れよー」
からかうようなバンドメンバーの声に、陣は軽く手を振って彼らを追いやった。笑いながら去っていくバンドメンバーは、最後まで黄色やオレンジ色を纏わせている。悪意が無い人を、颯太郎は陣と出会ってからよく目にするな、とぼんやり見送った。
「颯太郎、家まで送るよ。歩きながら話そう」
陣は立ち上がると、手を出してきた。颯太郎は少し躊躇ったものの、陣の手を取って立ち上がる。少し背が高い陣の顔が近くに来て、またあの淡い黄みがかった桃色がふわりと揺れた。
この色は何て表現するんだろう? 颯太郎は帰ったら調べてみようと思う。そしてこの色を纏う時、陣は何を考えているのかも、聞いてみたいと思った。
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