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第12話
「びっくりしただろ? 大きな音だし」
駅までの道を歩きながら陣は言う。彼はやはりオレンジ色を纏わせているけれど、少し緊張しているのか赤が混ざっていた。
「うん。……あんな泥臭く歌うとは思わなかった」
「あはは……なんか照れるな……」
見た目はビジュアル系かと思うのに、歌うのはロックそのものだ。全力で真っ直ぐ走るような歌詞も、陣の性格らしい色が出ている。本当に、裏表が無いんだな、と颯太郎は思わず口の端を上げた。
「……っ、颯太郎、今笑った?」
目ざとく颯太郎の表情の変化を見つけた陣は、驚いたようにこちらを見てくる。
「笑ってない」
「嘘だ、ちょっと微笑んでただろ?」
「気のせいだ」
幸いにも、颯太郎は無表情を作るのには慣れている。しばらく陣を無視して表情を崩さずにいると、彼は諦めたのかため息をついた。
「……あのさ」
陣の緊張の色が濃くなる。つられて颯太郎も緊張してしまった。
「ちょっと長くなるから、家まで歩いて帰ってもいい?」
「うん……」
颯太郎は答えながら、どうして陣は緊張しているのだろう、と思う。ライブの時でさえあまり緊張していなかったのに、珍しいなと思った。
「今の俺の色、どんな?」
「……緊張の赤が強くなってる。普段はオレンジか黄色なのに今はほとんど見えない」
陣の問いに正直に答えると、彼は乾いた笑い声を上げた。颯太郎には嘘をつけないな、と言うので、人間は嘘ばかりだ、とフォローのつもりで呟いた。颯太郎が言うなら、その通りなんだろうな、と陣は苦笑する。
「まず、メンバーに颯太郎の事を話したのは……ごめん。ごまかすこともできたけど、あいつらに嘘はつきたくなかった」
颯太郎は陣を見る。潔白の色がふわりと涌いた。陣とバンドメンバーが、本当に仲がいいのは色を見れば分かる。陣も彼らを大切にしているのが、今の言葉で伝わってきた。
「元々メンバーは、ロックっていう音楽に救われて集まったんだ。ホント、あいつらも曲の歌詞みたいにがむしゃらで真っ直ぐで……」
だから、俺が本気で好きなんだって言ったら応援してくれたんだよ、と陣は苦笑する。
「……陣は、良い人に恵まれたんだな」
颯太郎はそう言うと、陣は照れたように笑った。そして優しい顔で、呟く。
「本当に。……親父を亡くして、母さんも弟も落ち込んでた時に、たまたまある曲を聞いたんだ」
陣が言うには、生きていて良かったと思える瞬間を探す、という曲だったらしい。熱く訴えるように歌ったその曲を聞いた途端、陣は涙が止まらなかったという。
「親父に助けられた命だから、生きていて良かったって、胸張って言えるように生きようって思ったんだ」
「……助けられた?」
颯太郎が問うと、陣は微笑んで頷く。
「俺の親父、俺が十歳になる年に、通り魔に刺されて亡くなったんだ」
この時計はその形見、と陣は優しい顔で腕を撫でる。
通り魔と聞いて、颯太郎は嫌な予感がした。けれど詳細を聞く勇気は無く、黙って陣の話を聞くことにする。
「あの時親父と商店街に行ってて。親父は俺を庇って死んだ。他にも刺された人はいたのに、親父だけ……」
颯太郎はまさか、と思わず呟く。目の前が夜のせいだけでなく暗くなって、足を止めた。
心臓が早鐘のように打つ。血の気が引いて、指先が冷たくなっていった。
あの時、颯太郎が逃げたせいで刺されて亡くなってしまったのは、陣のお父さんだったのか、と颯太郎はシャツを胸の辺りでぎゅっと掴む。
(じゃあ、お父さん、と泣いていたのは……)
なんて事だ、と颯太郎は目眩がした。自分のせいで、陣の家族を……好きになった人を悲しませていたとは。
「で、しばらくは外出るのも怖くて……こんなの今じゃ想像できないだろ? 恥ずかしくて……って、颯太郎?」
歩みを止めた颯太郎に、気付いた陣が振り返る。胸を押さえた颯太郎を、話を聞いて心を痛めていると勘違いした陣が、お前は優しいな、と言った。
(……やめてくれ……)
陣の父を殺したのは颯太郎だ。優しいんじゃなく、弱くて、ずるくて、自分の事しか考えていない、と颯太郎は思い、首を振る。
「そんな颯太郎だから好きになったんだ。改めて言わせて? 俺と付き合ってください」
緊張を孕んだ陣の声に、颯太郎は頭を殴られたような衝撃を受ける。よろけて一歩二歩と後ずさりすると、陣は支えようとしたのか手を出してきた。しかし颯太郎はその手を振り払ってしまう。
「……っ」
陣の纏う色が悲しみの青に変わった。緊張しながらも陣の一番大事にしている部分を伝えてくれたのに、この偶然はあんまりだ、と颯太郎は涙が浮かんだ。
「悪いけど、付き合えない」
颯太郎は涙が落ちる前に俯き、早足で前に進む。陣が追いかけてきて、歩きながら顔を覗いてきた。
「颯太郎……なぁ、さっきまでいい雰囲気だったのに。何で? ……どうして泣いてるんだ?」
陣が珍しく慌てている。悲しみの青と焦りの赤、しかし心配の白が一番多い。どうしてこんな時でも人の心配をしているんだ、と颯太郎はどうしようもなく胸を掻きむしりたくなった。
颯太郎は立ち止まって、涙も拭わず陣を睨む。彼は息を詰めた。
「……俺はお前が嫌いだ。付き合う? 冗談じゃない」
陣が、父親を殺したのは颯太郎だと知ったら、どうするだろう? 考えるのが怖かった。罵られ、否定されるのには慣れているはずなのに、陣に言われたら立ち直れない気がしたのだ。
何故なら陣は颯太郎にとって、特別な存在だから。
「颯太郎……」
颯太郎は陣の色を見ないようにする。彼がどう思っているか知ったら、気持ちが揺らいでしまう。
陣が好きだと、言いたくなってしまう。
「分かったらさっさと行けよ。二度と……」
颯太郎は涙で言葉が詰まってしまった。しかしグッとお腹に力を込めて言葉を振り絞る。
「俺に付きまとうな」
そう言って、颯太郎は走り出す。
陣は追いかけて来なかった。
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