13 / 32

第13話※

季節はすっかり冬になり、師走に入って早くも講義は年末進行だ。颯太郎は徹底的に陣を避けて過ごした。 何故か陣はずっとあの淡い黄味がかった桃色を纏わせていてすぐに分かるため、見ればすぐに逃げるを繰り返す。 今も同じ講義があったので、見つからないうちにすぐに講堂を出たところだ。するとスマホが震えて着信を知らせた。 画面を見て顔を顰める。相手は正臣だ。 颯太郎は人けのない所に移動すると、電話に出る。 「……何?」 『何じゃないだろ? この間服忘れたよな? 取りに行くついでに泊まるから』 正臣が当然のように泊まると言い出す。颯太郎はため息混じりに言った。 「……もう止めてくれないか? あんな事に……付き合いたくない」 『ああそう。じゃあ今から学校に行って、教授にご挨拶しようかな』 まさか本気でやるとは思わなかったけれど、颯太郎の意志を折るのには十分な脅しだった。颯太郎は分かったよとだけ呟いて通話を切る。 はあ、と颯太郎はため息をついた。乱暴な正臣との行為は、精神的にも体力的にもしんどいので、また学校をサボる羽目になるのか、と歩き出す。 正臣はどうして自分にああいう事をするのだろう? と思う。颯太郎の記憶では、彼は女性と付き合っていたはずだ。初めて会った時から強烈なマゼンタを纏った彼は、女性が好きなのではないのか、と颯太郎は思う。 颯太郎は首を振った。考えても仕方がない事だ、彼が何を考えているかなんて、知りたくもないし、聞こうとも思わない。 思い足を動かしながら、颯太郎はため息をついた。 アパートに着くと、部屋の前で正臣が待っており、部屋に入るなり鍵を閉める間もなく壁に押し付けられ、キスをされた。抵抗しようと顔を振ると、股間を力強く握られ思わず声を上げる。 「い……っ!」 しかし正臣はそこから手を離さず、今度はそこを揉みしだき、嫌悪感に今度は呻いた。 目をそらすまでもなく、正臣の色は目が痛くなるほどのマゼンタだ。そこに黒が混ざっていて、颯太郎が嫌がれば嫌がる程、マゼンタが濃く、大きくなっていった。だから颯太郎はできるだけ反応するまいと、歯を食いしばる。 「毎回強情だよな。ほら、下脱げって」 「……っ、嫌だ!」 はいているジーパンに手をかけられ、颯太郎はその手を掴んで押さえた。しかし少しも力を緩めない正臣に、颯太郎はじわりと涙が浮かぶ。その変化に正臣が気付かない訳がなく、楽しそうに彼は笑った。 「あれ? もしかして泣いてるの? 今まで泣かなかったのに、どういう心境の変化かな?」 まさか好きな人でもできた? と正臣に言われ、颯太郎はドキリとする。どうして分かるんだと思いつつ、陣とはもう関わることも無いんだ、と気付くと、手から力が抜けた。 もう、どうだっていい。 自分は男だし、以前家族もそう言っていたじゃないか。貞操なんてとっくに失くしている、と颯太郎は全ての抵抗を諦めた。 そうしたら、涙も出なくなった。正臣にされるがまま、ジーパンと下着を脱がされ、身体をひっくり返され後ろを好きなように蹂躙される。 颯太郎は、自分の意識がどこか違う所へ行ってしまったような感覚がした。何をされても心が動かず、触覚として人権を無視され触れられている感覚はあるものの、何も感じない。快感も苦痛も無く、ただただ正臣の行為が終わるのを待つ。 「ああ、可愛いね颯太郎は。ひと目見た時から、ずっと……本当の兄弟だったらよかったのに……」 何をされても抵抗しない、表情も変えない颯太郎の頬を、正臣は優しく撫でた。颯太郎はボーッと天井を眺め、無言で揺さぶられているのを、上下する視界で感じる。 ふと、陣の言葉を思い出した。 後悔しないように生きる。颯太郎はそれはもう無理な事だと悟った。ならばいっそ、後悔のないようにこの人生を終わらせたい。 何もかも投げ出したかった。 遠くで、インターホンの音がした。 ベッドに寝ていた颯太郎は視線だけを巡らせて、玄関の方角を見つめる。またきっとセールスだろう、そう思って目を閉じた。 あれから一ヶ月、年は明け颯太郎は部屋の鍵とスマホとパソコンを正臣に奪われ、軟禁状態にあった。部屋を出て逃げれば良いけれど、正臣の後の仕打ちを考えると、それをする気力もないし、逃げる場所もない。 正臣は毎日颯太郎の食料と共に部屋に来て、颯太郎で遊んで帰っていく。なんてことはない、大学に入学する前の、元の生活に戻っただけだ、と颯太郎は寝返りをうった。 するとまた、インターホンの音がする。 しつこいセールスマンだな、と思っていると、カサッとポストに何かが投函される音がした。チラシかなと思って処分しようと、玄関ドアのポストまでのそのそと歩いた。 ポストを覗くと、ルーズリーフが入っていた。取り出してそこに見えた文字に、颯太郎はサッと血の気が引く。 「……陣」 『学校に来てないみたいだから心配で来ました。無事ならスマホに連絡ください』 綺麗な文字で書かれていたのは、陣が自分を心配しているという内容の手紙だった。しかし颯太郎は陣に合わす顔が無いし、連絡手段も絶たれている。 どうして陣が自分を心配するのだろう、精一杯突き放したつもりなのに、と颯太郎はそのルーズリーフを丸めてゴミ箱に捨てた。 (放っておけばそのうち諦めるよな……?) 颯太郎は再びベッドに横になる。何もする事がないし、何もできない。そうなると、ネガティブな考えばかり浮かんでしまう。 「……陣……」 父親を殺してしまってごめんなさい。 そう呟くと、急に目頭が痛くなって手の甲を目に当てた。あの時、自分が声を上げていれば、陣のお父さんは助かったかもしれないのに。 「……助けて……」 颯太郎は目尻から涙を落ちるのも気にせず呟いた。ずっと訴え続けていた言葉なのに、今も部屋の壁に跳ね返されるだけだ。 小さい頃は泣いて訴えていたのに、そうしなくなったのはいつからの事だろう? 陣の言葉が思い出される。いつでも連絡してくれ、飛んで行くから、と。 「陣……助けて……っ」 颯太郎は堰を切ったように泣き出した。もうこの言葉も彼に届くことはない。だったらせめて、自分しかいないこの空間で、思いの丈をぶつけてみる。 「陣、陣……俺も好きだ。なのに何で……っ」 颯太郎は鼻をすする。 「何であの通り魔事件の被害者なんだ……っ」 想いも告げられず、助けも求められず、颯太郎は独り言を言って発散するしかなかった。 どこまでも真っ直ぐで綺麗な陣。そんな彼に自分は相応しくない。何がなんでも、この恋は諦めなければいけない。そう思うのに、颯太郎を好きだと言ってくれる陣に、すがりついてしまいたくなる。 颯太郎は気が済むまで、泣いた。

ともだちにシェアしよう!