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第26話

やっぱり、ゴールデンウィークの約束を取り付けておけばよかった、と颯太郎は思った。 バイトも落ち着いているし、家事をしてもがっつりやる気力も無い。かと言って外に出る気も無いし、どうしたものか、とため息をついた。 陣がいると落ち着かないと言いながら、陣がいないと寂しい。自分でもめんどくさいなと思って、そんな自分は陣と釣り合っているのだろうか、と考える。 「……」 緊張するけれど、陣に電話をしてみようか。そう思ってスマホを取ると、思い切って掛けてみる。 呼出音が流れて颯太郎はドキドキした。いつも会っている人に電話をするのに、どうしてこんなに緊張するのだろうか? しかし、十コール待っても陣は出なかった。電話を切ってはあー、と長いため息をつく。 陣の事だから、友達に誘われて遊びに行っているのだろうか。そう思うと何だか落ち着かなくなった。明るく裏表が無い彼は、どんな人からも人気がある。 するとスマホが着信を知らせた。陣からだ。慌てて出ると、外にいるのかザワザワとしている。 『ごめん颯太郎、何だった?』 「あ、いや……今外か?」 『うん、ゴールデンウィーク、フルでバイト入れたんだ』 その言葉を聞いて、颯太郎は少しショックを受けた。どこかに行かないかと言っていたのは陣なのに、と自分を棚に上げてそう思ってしまう。 「そっか……」 『ごめん、もう休憩終わるから。……またな』 陣はそう言って、通話を切ってしまった。何だかそれが悲しくて、颯太郎はしばし呆然とする。そしてこれじゃダメだともう一度スマホを取ると、陣にメッセージを送った。 『バイト、何時に終わる?』 それだけ送ってスマホを置くと、ベッドに大の字になる。天井を眺めながら、いつも休みの日は何をしていたんだっけ、と思った。 自分も単発の、人に会わないようなバイトでもあればな、とか考えてダラダラと一日を過ごすと、夕飯の見切り品のパンを食べ終えたところで着信があった。 『颯太郎? ごめん今終わった』 「あ、うん……」 颯太郎は陣の声を聞いて、何だか安心した。けれど次の言葉が出なくて、黙ってしまう。何か話さなきゃ、と思うけれど、頭の中はモヤがかかったように言いたいことがはっきりしない。 『……どうした?』 陣は笑ったのか、とても甘い声を響かせた。颯太郎は顔がじわじわ熱くなるのを感じ、深呼吸する。 「陣……あの、えっと……」 『うん』 陣は颯太郎が話すのを待ってくれている。言わなきゃ、と颯太郎はバクバクする心臓をなだめながら、もう一度深呼吸をした。 「う、うちに、…………来ないか? その、宅飲みくらいはできるかなって……」 声がひっくり返りそうになりながらもそう伝えると、言えた、とそろそろと息を吐き出す。 『ん、良いよ。酒買ってそっちに行く』 何が飲みたい? と聞かれ、颯太郎は陣が来てくれる嬉しさで顔が綻んだ。緊張したけれど、言ってみるものだな、と胸が温かくなる。 「あ、俺、酒飲んだことない……」 そういえば、と颯太郎は言うと、陣は噴き出した。 『飲んだことないのに宅飲み誘うのか?』 「思い付かなかったんだよっ」 分かった分かった、と笑う陣に、颯太郎は口を尖らせると、飲みやすいもの買って行くな、と陣は通話を切る。 はあ、と颯太郎はため息をついた。先日少し嫌な雰囲気になってしまったから、会ってくれるか不安だったけれど、思い切って連絡してみて良かったと思う。 そして、こうしちゃいられない、と颯太郎は慌てて部屋の掃除を始めた。元々最低限の物しか持たないし綺麗好きでもあるため、気合いを入れて隅々まで磨き上げる。ついには陣が来ることも忘れて、冷蔵庫の中を拭き掃除していると、インターホンが鳴った。 颯太郎はしまった、と呟いて慌てて玄関の鍵を開けると、やはりそこには陣がいる。 「おつかれ……って、何してたんだ?」 「ああ、ちょっと、掃除を」 颯太郎はゴム手袋をしたままだったので、それも慌てて外す。陣はオレンジ色を纏わせて部屋に入ってきた。 「こんな時間に掃除? 昼間は何してたんだよ?」 「……いや、特になにも……」 まさか陣に会いたくて悶々としていましたなんて言えず、颯太郎は床に座る。陣も隣に座ると、コンビニの袋をローテーブルに置いて、中身を出していった。 チューハイやサワー、おつまみも買ってきてくれたらしく、あられやピーナッツ、スルメにチーズもある。 「颯太郎、本当に飲んだことないの?」 「うん……値段が高いから手を出そうとは思わなくて」 颯太郎らしいな、と陣は笑う。二人はそれぞれ飲みたいものを手に取ると、プルタブを開けた。ちなみに颯太郎はカルピスサワー、陣はレモンチューハイだ。 「乾杯」 颯太郎はそっと缶の中身を飲んでみる。味はカルピスソーダだが、喉を通ると独特な香りと刺激がきた。比較的飲みやすいものらしいけれど、そんなにしょっちゅうはいらないかな、と思う。 「どう? 初めてのお酒は」 「……特に美味しいとは思わない」 そう言うと、陣は声を上げて笑った。彼の色はオレンジ色で、どうやらこんな会話でも楽しいらしい。 「しっかしびっくりしたー。颯太郎から家に、しかも宅飲みしないかって誘われるなんて」 ニコニコ笑う陣は、レモンチューハイを半分くらい一気飲みしている。颯太郎はその上下する喉仏をじっと見ている自分に気付いて、そっと目を逸らした。やっぱり意識してしまうな、と思っていると、心臓が強く脈打っていることに気付く。それに妙に喉が乾いて、それをカルピスサワーで潤す。悪循環だと知らずに。 「……だって、陣に会いたかったから」 颯太郎はそう言うと、えっ? と陣が目を丸くしてこちらを見ている。気にせずチビチビとカルピスサワーを飲んでいると、彼は綺麗な微笑みを浮かべた。思わず颯太郎も笑う。 「颯太郎、酔ってるな?」 「うん? 酔ってるっていうのか、これ?」 「だって、会いたかったなんて普段言わないじゃん」 そう言う陣に、颯太郎はそうか、と納得する。心臓は相変わらずうるさく動いているし、喉も乾く。そういえば顔が熱いな、それどころか全身熱いな、と思っていると何だか笑えてきた。 「え、うそ……颯太郎は酔うと笑い上戸になるのか?」 「知らない。初めて飲むし、分かるわけないだろ?」 まだ戸惑っている陣がおかしくて笑うと、これは決定だ、笑い上戸だ、と陣は楽しそうに笑う。その瞬間ふわりと鴇色が広がって、颯太郎はその色に少し見蕩れた。 「……陣は、綺麗だな」 「……え?」 思った事をそのまま言うと、またしても陣は戸惑っていた。何だかいつもと立場が逆だな、と思っていると、颯太郎の方が綺麗だよ、と彼は苦笑した。 「嘘だ、陣の方がモテるだろ。うちのゼミの女子とか洞田さんとか、学内でも結構好意を寄せてる子、いるぞ」 「……颯太郎は?」 「そりゃあ、好きじゃなきゃ付き合わない」 「……っ」 それを聞いた陣が、酒のせいじゃなく顔を赤くしたので、颯太郎は気分が良くなってまた笑った。陣はくそ、と舌打ちして残りのレモンサワーを飲み干すと、新たにまた缶を開ける。 宅飲みがこんなに楽しいなら、たまにするのは良いかもしれない。そう思ってカルピスサワーを飲み干すと、また笑えてきた。 「よし颯太郎、お前が酔って素直なうちに色々聞いておこう」 陣は何故か気合いを入れて自分の頬を叩くと、更に颯太郎に近寄って来る。颯太郎は微笑んで彼の目を見ると、彼の色が強くなった。 「颯太郎は、恋愛対象は男なのか?」 「うん」 颯太郎は微笑んだまま頷く。あまりにも呆気なく答えたので、陣は少し驚いていた。 「本当に素直だ……」 「うん。だから聞くなら本当に今のうちだぞ?」 「じゃあ、初恋も男の人?」 「恋は陣が初めて。最初に意識したのは正臣兄さん」 「……」 陣は聞くんじゃなかった、と苦虫を噛み潰したような顔をする。それが面白くて颯太郎はクスクスと笑った。ふわふわとしていい気持ちになり、陣の肩に頭を乗せる。硬くて角張った肩だったけれど、陣の温もりがしっかりと伝わってきて安心する。 「……この間俺といると疲れるって言ったのは?」 あああれな、と颯太郎は笑いながら目を閉じた。 「陣といると常に意識してしまうから、神経が持たなくて疲れるって意味だった。どう伝えていいか整理できてなかったから、あんな言い方になっちゃった」 ごめんな、と謝ると、陣は良いよ、と頭を撫でてくれる。心地よくて意識が遠のき、はあ、と甘いため息が出た。 「……颯太郎、俺とキスするのは嫌?」 「ううん、嫌じゃない……」 颯太郎はそう答えると、じゃあしよう、と陣が動く。支えを無くした頭はふらふらと揺れて、ほら、危ないから、とベッドを背もたれにして座らされた。 布団に頭を預けると、近付いてきた陣の唇を受け入れる。柔らかいそこは颯太郎の唇を吸い、チュッと音を立てる。颯太郎、と陣は呼んだ。 「俺とセックス、したい?」 唇がほとんど付くくらいの距離で、陣は囁いた。颯太郎はまたうん、と頷くとまた陣はそこに吸い付いてきた。心地よくて頭がふわふわして、こんな風に眠りに落ちるのも悪くないな、と思って颯太郎は意識を落とした。

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