32 / 58
*
明るい日差しが差し込む、診察棟の隣の棟の一階にある宿直室。この棟の上が病棟になっている。そんな明るい部屋には相応しくないような隠避な水音と悩ましげな声が隠ってのがここの宿直室の一室。
「んっ……ねぇ続きは帰ってからね。そろそろ午後の回診時間だから行こう」
「…またチビっ子達にたくちゃん触られるのいやだなぁ…」
「触られるったって…医者なんだからこっちから触らないと診察できないだろ」
「もちろん分かってるけどさ、嫌なもんは嫌なんだよ。毎日俺がどれだけ我慢してると思ってるの?たくちゃんに触れるのはオレだけの特権のはずなのに~~」
特権のはずなのに~~と、グリグリ俺の胸あたりに頭を擦りつけてくる翠。だから、診察前だって、髪ぐしゃぐしゃになるよ。天パっぽいからすぐ直るか。離れるのが嫌そうな恋人を宥めるようにポンポンと背中を擦る。たまに大型犬撫でてる気分にもなったりして。
ガン!隣から聞き慣れた壁を蹴る音。
「毎度毎度、午後の診察前にうるせえよ!翠!仕事はちゃんと行け。それが、この宿直室を二人で使える条件だって言ったろ」
翠のスマホにこれまた読み慣れたメッセージが送られてくる。一字一句変わらない文章だから、悠仁先生、毎回同じの送ってるよね、確実に。
そう、この第2仮眠室は悠仁先生の好意?で使わせてもらってる。本当に好意でなんだか、翠から聞いただけだから疑わしくもあるけれど、表向きそんな感じ。
俺達が昼休みに使うことが暗黙の了解になっている。悠仁先生って、確か院長先生の甥っ子さん?その関係でここを貸してくれてるのかな。
悠仁先生が使ってる理由は、心療内科医がカウンセリングをするのに必要な、精神的に落ち着く為にここを使ってる。俺の精神が安定してなきゃならないからなとか言って、ニヤっと笑ってたけど。要は昼寝したいだけでは?
何にせよ、翠はこのメッセージを読むと医者モードに戻ってメガネをかけて顔つきも変わるんだ。
余談なんだけど、俺の恋人翠。医師免許もってるんだから頭はいいんだよ。おっと、俺も頭いいんだって自慢してるみたいでちょっと嫌みな発言だったかな。でもちょっとおバカなんじゃないかって最近思う。
普段から目悪いからコンタクトしてるんだけど、診察時間になると、「賢そうでしょ?」なんて言って、伊達メガネをかけはじめる……コンタクトしてるのに、変じゃない?なら、コンタクトしないで普通に度が入ってるメガネかけたらいいんじゃないかな?
ともだちにシェアしよう!