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第55話パートナーに
「里子・・・・・・そんなの嫌です!」
ジュリは声を荒げながら立ち上がった。怒りで紅潮し今にもとびかかりそうな勢いだ。
医者はそんなジュリを座らせるとジュリの肩を宥めるように優しく叩いた。
「まぁまだ時間はある。一度家族と話し合ってみた方がいい」
「わかりました……」
項垂れながら診察室を出る。待合室のベンチで座っていると、ジュリの隣に若い夫婦が座った。
――あ、噛み痕。あの人オメガだ……。
ポニーテールに結ばれた女性の首筋にはくっきりと歯形が残っている。大きなお腹を幸せそうに撫でる彼女の隣にはアルファであろう男性がこれまた幸せそうな表情でその様子を眺めていた。
その光景に胸がきゅっと苦しくなる。
ちょうど受付から会計のためジュリの名前が呼ばれると、ジュリはその場から逃げ出すように慌てて会計を済ませ病院を出た。
――この子を守るために王宮から逃げたのに……!でも、ショウ以外をもう好きになんかなれないし、このままだと『BINGO』にも弟たちにも迷惑をかけちゃう。
帰り道、十五分で帰れる道を悩みながら歩いていた。ちょうど角を曲がれば『BINGO』というところで「ジュリ!」と叫ぶ声が後ろから聞こえた。後ろを振り向くと男が遠くの方からジュリに向かって走ってくるのが見える。
「クリス・・・・・・」
「ジュリ、よかった会えて。これ、お土産。買い付けに行ったときに可愛いぬいぐるみを見つけてさ。生まれてくる赤ん坊にと思ってBINGO寄ったんだけど検診って聞いてさ。」
クリスはジュリに『BINGO』を紹介してからもジュリと弟たちのことを気にかけていた。
弟たちが学校に行けるよう手続きをし、ジュリたちがマルシャン村で不自由なく生活できるようサポートしてくれたのもクリスだった。
そんな生活の中ジュリ達とクリスはあっという間に仲良くなるのはあっという間のことで今では互いに『ジュリ』『クリス』と呼び合っている。
「どうかしたのか?顔色がすごく悪いし汗もすごいぞ。検診でなにかあったのか?」
クリスはなかなかぬいぐるみを受け取らないジュリを不審に思い顔を覗き込んだ。
「あ、えっと・・・・・・。うん、ちょっと困ったことがあって。僕じゃ・・・・・・お腹の子、守れないかも、しれなくて……」
話し出した途端に、ジュリの目からぽろぽろと涙が零れる。
拭いても拭いても涙が溢れブラウスの袖が涙で滲む。
「おい、ちょっとどうしたよ……。とりあえず俺の店おいで。こんな泣き顔じゃBINGOに帰れないだろう」
クリスは泣いているジュリの頭に持っていたタオルを被せると、強引に腕を掴み店まで歩いた。
――――
「ちょっとは落ち着いた?」
クリスの営む店『クリクラ』の二階。クリスの住居となっているこの場所でジュリは茶色の革張りのソファに座りながらクリスが入れた温かいルイボスティーを飲んでいた。
クリスは自分の分のコーヒーを持つとジュリの向かいのソファに座った。
「クリス、ごめん。いきなり泣いちゃったりして・・・・・・」
「そんなの構わねえよ。それよりどうしたんだよ、何か赤ん坊にあったのか?」
「うん……。あのね、お腹の子『男の子』だったんだ」
「へぇ!良かったじゃないか!……え、もしかして男の子は産みたくないとかじゃないよな?」
「……っ!違う!そんなんじゃない。……男の子なら一緒に住めないかもしれないんだよ……!」
訝しげに尋ねるクリスに怒鳴った後、「はぁ……」と一つ息を吐いた。
「男オメガから産まれる男の子はアルファの確立が高いんだって。番とかパートナーがいるとヒートを起こしてもそう問題にならないんだけど。僕の場合、ひとり親になっちゃうか……」
「あー・・・・・・そういうこと」
クリスはジュリの話を聞いた後、腕を組みしばらく考え込んだ後「よし!」と言いながら両手を叩いた。「どうしたの?」と尋ねるジュリに、クリスはニッと笑いながら提案した。
「なら、俺をパートナーにするか?」
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