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第60話王宮からの一行②
けたたましく鳴るドアの音でジュリは飛び起きた。
だいぶ眠り込んでいたのか電気をつけていない部屋は真っ暗で、唯一の明かりはカーテンの隙間から見える街の明かりだけだった。
「お兄ちゃんっ・・・・・・!あのね、ケイがね、ケイが熱出ててっ・・・・・・!」
ドアの外から聞こえたのはジュンの声だった。
ジュリは慌ててベッドから降りドアを開けるとそこには涙を浮かべながら動揺する制服姿のジュンの姿があった。
「一体どうしたの、ジュン」
「あのね、学校から帰ってきたくらいからケイの様子がおかしくてっ・・・・・・。初めはぼーっとするだけって言ってたんだけど、だんだん熱高くなってきて。ベッドに横になってたんだけど声をかけても返事しなくて……!どうしようお兄ちゃん」
「……!ケイ!」
ジュリはぐずぐずに泣いたままのジュンの手を握ると駆け足でケイが待つ部屋に入っていった。
ベッドまで駆け寄るとそこには毛布を頭まで被りながら蹲るケイの姿。
苦しいのかジュリがケイの名前を呼んでも「はぁはぁ…」と熱い息をもらすだけで何の返事もなかった。
ジュリはケイの額にそっと手を当てたがじんじんするほどの熱に慌てて手を放した。
「ケイ……!ひどい熱・・・・・・すぐ病院行かないと」
「お兄ちゃん、今日は王宮の人たちが来るからどこの病院も午前中しかやってないよ。緊急診療所も今日は隣町だから歩いていけないし……」
「じゃあ……クリスに頼んでくる」
「クリスは昨日から仕入れに出かけてるって言ってたじゃん!お店も今みんな忙しそうで取り合ってくれないんだ・・・・・・!」
ジュンは目に涙を溜めながら声を荒げ、ジュリの肩を揺らした。
――僕が二人のお兄ちゃんなんだからしっかりしないと・・・・・・!
ジュリは肩を掴むジュンの手を掴むと「大丈夫!」と大きな声を上げた。
そのまま驚くジュンの頬を両手で包み込みジュンの目を見て微笑んだ。
「ジュン、まだ夜の七時だから今から隣町の診療所まで行ってくる。走ったら一時間あれば着くと思うから」
「でも、お兄ちゃん、お腹に赤ちゃんいるんだし……それなら僕が行くよ!」
「何言ってんの?この時間に子ども一人で外に行かせられないよ。ジュンはここでケイの看病してて?・・・・・・大丈夫だから、お兄ちゃんを信じて」
「でも……」と言いかけるジュンの頭をポンと一撫でし立ち上がるジュリ。
そのまま一旦自室へ戻り、ブラウスを羽織ると駆け足で外に出た。
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「うぅ~・・・・・・少し寒い。走ってたら温かくなるかな……」
裏口から出たジュリはぶるり身震いすると、ぽっこりと出たお腹を両手で摩った。
――大通りに人が集まってるからこっちには人がいないな・・・・・・。
隣町まで最短距離で行けるようにあえて大通りではなく裏道を選んだが、ただでさえ人通りが少ない裏道は大通りがお祭りのように賑わっているからか、誰一人といない。
ジュリは不安気に眉を顰めると「ふぅ・・・・・・」と一つ大きく息を吐いた。
「……不安に思っちゃだめだ。早く行かないと!」
ジュリは自身の頬を軽く両手で叩くと肌寒い夜の中を駆け出した。
暗い夜道を走り出して二十分ほど経った頃だろうか、途中何度か休憩を挟んでいたがお腹の重いジュリは限界を迎えていた。
働いて貯めたお金はほとんどが弟たちの学費とお腹の子のために貯金しているから、自分の靴なんかは買ったことがなく今履いている靴はもうずいぶん使い込んでぼろぼろになっていた。
――こんな事ならちゃんとした運動靴買っておけば良かったかな。
お腹を支え、靴擦れで痛む足を引きずりながら進んでいたが、あまりの痛さと心細さに気づけば涙が零れ落ちる。
裏道を抜け、あとは森を越えるだけ・・・・・・弟が苦しんで待っているというのに足が進まず森の入り口で座りこんでしまった時だった。
フワッと香る懐かしいような、胸が苦しくなるような香りがジュリの鼻腔をくすぐった。
――え、この香り・・・・・・。
思わずはっと顔を上げるジュリ。
「ジュリ!!!」
その瞬間、愛しくて愛しくて堪らない、愛する人の声が背後から響いた。
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