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第76話森の中で……
目が覚めるとそこは見渡す限りの木々たちだった。
湿った土の上で寝ころばされていたジュリは締め付けられるような頭の痛みのまま身を起こした。
「痛いっ……」
起きた衝撃で締め付けられるような痛みはより悪化しジュリは顔を歪ませながら頭を抱えた。
――ここはどこ?あの悪魔みたいに顔が白い人に出会って……。
そこまで思い出した後、今度はジュリの顔から血の気が引いた。
「赤ちゃんっ……!」
お腹を両手で守るように抱えるとぶるぶる震える両足を奮い立たせ森の中を歩き出した。
気を失う直前にはっきりと聞こえた「お腹の子には消えてもらう」という言葉。それが本当ならば一早くここから逃げなければならない。
「早くここから逃げないと……。動いて、動いてよ僕の足っ……!」
ジュリは震えて崩れそうな足を拳で叩いた。
恐怖と不安で大きな瞳からは今にも涙が零れ落ちそうになっている。
――この子は絶対に守らないと……。僕とショウの大切な赤ちゃんを絶対殺させない……!
そう決心すると顔を勢いよく上げた。ぐいっと右手の甲で涙を拭うと、一歩一歩森の中へ歩みを進めた。
太陽の位置からして、ジュリが気を失っていたのは僅かな時間なのだろう。
木々の隙間から照らされる光は明るく、日が落ちるまではまだ数時間はある。
――とりあえず、少しでも光が多い所を目指そう。民家か、誰か人がいないか探してみよう。
大きなお腹を片手で支えもう片方の手で気を伝いながら歩く。
妊娠中の体は重く少し歩くだけでも「はぁー、はぁー」と息が上がってしまう。
ジュリは三歩進んでは休憩、また三歩歩いては休憩……それを繰り返しながらゆっくりと歩いていた。
べったりと肌や顔に汗が張り付くのが気持ち悪くて胸元の襟を広げた時だった。
「指輪が、ない……」
そこにあるはずのチェーンに通された指輪。
首元を触ってもポケットの中を探してみてもそれはどこにもなかった。
顔面蒼白になり息が詰まる。
慌てて地面を探してみても湿った土と雑草だらけの地面では見つけることもできない。
「どうしよう……指輪。ショウからもらった大切な指輪なのに……」
半泣きになりながら地面に四つん這いになり指輪を探す。
土埃で服が汚れるのも気にせず探していると、さっきまで光が射していた森の中が突然分厚い雲がかかったように暗くなった。
「まったく、少し目を離したと思ったら。こんなところにいたのか」
背筋が一瞬にして凍るほど冷たい声。
ジュリははっとその声がする方を見上げるとあの青白い顔をした男が木の枝の上で足を組みながら座っていた。
ジュリを見下ろすその視線は氷のように冷たくジュリはぶるりと肩を震わせた。
「お、お前は誰だ……!」
「……そんなことを聞いてどうなる?」
「名前も、素性も知らない奴なんかにっ、僕の子どもには指一本触らせないっ……!」
ジュリは尻もちをつきながらなんとか立ち上がると一歩一歩下がり少しずつ距離を取った。
その様子を見ていた男は、片方の口角だけニヤリと上げると嘲笑うかのような態度でジュリの顔をじっと見つめた。
「お前はなにも知らんのだな」
「私の名はデビアス。魔族の長だ。……といっても私以外の魔族はいなくなってしまったがな。それもすべて……」
デビアスはそこまで言うと次の瞬間、ジュリの目の前に立っていた。
「『勇者様』とやらのせいでな。『勇者様』もその血を受け継ぐお前のお腹の子も魔族を復活させるには邪魔なんだよ」
そう言いながらデビアスは黒くとがった長い爪でジュリの膨らんだ腹に触れようとした。
そのあまりの速さにジュリはただただ目を丸くして驚くしかない。
――ショウッ……!
喉が詰まって助けを叫ぼうにもうまく呼吸が出来ないジュリは心の中で目一杯叫んだ。
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