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第81話戦い⑤
「ネイサン!」
ジュリは急いでネイサンに駆け寄った。
ふらふらと揺れる体は今にも倒れそうで、倒れないようにと慌ててネイサンの肩を持った。
しかしネイサンは体つきの良い騎士団。ジュリの力では到底支えることができずネイサンは崩れるようにその場に仰向けに倒れた。
「ネイサン、しっかりして!!」
焦点の合わない目で空を見上げ、ヒュー……ヒュー……と苦しそうな呼吸を繰り返すネイサン。
ジュリは両膝を地面につけ必死にネイサンの手を握りしめようとした。
……しかし、それをすることはできなかった。
ー-あれ?なんでこんなに血が……?
ジュリの手のひらにはべったりと付いた血。ネイサンの騎士団服はぼろぼろに破れていてそこにあるはずの手がなかったのだ。
「やぁぁ……!」
その光景に思わず尻込みし、地面に尻もちをついてしまう。
ジュリの手が、がたがた震える。
おそるおそる団服の袖を覗き込むと、弓の名手といわれる彼の右手首から下は引き千切られ、断面から血が滴り落ちていた。
ー-このままでは、死んでしまうかもしれない。
ジュリはごくりと唾を飲み込むと遅れて駆け付けたクリスとともに手当てをはじめた。
クリスが着ていたシャツの裾を破り、傷口に当てる。ジュリはこれ以上血が出ないようにそのシャツをきつく縛った。
「ふっ……うぅ……っ」
「ネイサン……!大丈夫だからね、絶対助けるから……!」
ぎゅっ、ぎゅっ、と力いっぱいに縛ると、ネイサンの口からは弱々しいうめき声が零れる。
余程痛いのか眉間には皺が寄り額には玉のような汗が噴き出している。
ジュリは何度も呼びかけた。
大切な仲間をここで失くしたくない、そう思いながら必死に手当を続けているとネイサンの唇が言葉を発したそうにパクパクと動いた。
「ネイサン……!」
「ジュリ……さん……。俺……」
「大丈夫……!? わかる!?」
ジュリの呼びかけにネイサンは小さく頷く。
そして左手をゆっくりあげると灰埃が舞う前方をそっと指さした。
そこになにかあるのか……?なんだか嫌な予感がする。
胸がバクバクと鳴り、冷たい汗がじんわりとジュリの体に張り付いている。
どうか自分の思い違いであってほしい。そう願いながらネイサンの顔をじっと見つめた。
「すみ、ま、せん……。ショウ様、が……」
「え……?」
掠れた声に泣きそうな顔でネイサンがそう話す。
ジュリには彼が嘘を言っているとは思えなかった。
ジュリは「嘘……」と呟くとネイサンが指さしたほうに向かって立ち上がった。
後ろでクリスの引き留める声がする。
それでも振り向かず折れた木や灰埃に気を付けながら一歩ずつ進んでいくと、ザーッという音ともに急に突風が吹いた。
「わっ……!」
その勢いある風にびっくりし両手で顔を隠しながら目をぎゅっと瞑る。
しばらくし、風が止むのを肌で感じるとそっと目を開けた。
さっきの突風が攫っていったのか、目の前の灰は全て消えきれいな月がくっきり空に浮かんでいた。
ジュリは一度空を見上げたあと、ふと目線を下げた。
そこには黒い大きな”なにか”が月明かりに照らされて横たわっている。
遠くからでもわかる。
それは紛れもないショウの姿だった。
「っ……!! ショウッ……!!」
ジュリは叫ぶと同時に走りだしていた。
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