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第1話
『“君”だけで変わっていくんだ “はじめて”で溢れる 平らで 白黒だった 僕の世界』
あー分かるわー。って店内に流れるベタな歌詞にオレが内心頷いてるなんて、よく連んでる二人とかバイト先の人とかが知ったら柄じゃないって驚くと思う。
けど、実際そうなんだから仕方ない。なにせ恋ってやつは本当に凄い。
テストの結果は上々で、毎日の授業と課題と勉強も順調。よく分かんねー混み方したバイトも苛つかずにささっと回せて、ついでに兄貴からの通話も「今年は夏帰んなくて良いの? よっしゃー」って思いつつ真面目そうなフリして聞けた。
どうせ呼ばれても、夏期講習と被ってるから無理ですって断るつもりだったけど。なんなら、その夏期講習も嘘だけど。
同い年の奴らが受験勉強に本腰を入れるのは来年からが殆ど。オレは偏差値高い所狙うつもりだから、短期講習くらいは受けといた方が良いのかなーって最近までちょっと考えてた。
でも、「俺で良ければ協力するぞ?」って直ぐに言ってくれたうえに「アルバイトも勉強も無理はし過ぎるなよ」なんて心配してくれた頼もしくて優しい恋人の言葉に、今の成績と金銭面とを合わせた結果、今年の受講は見送る事にした。
近頃、オレが大変にストレスフリーで、毎日が大層上手く行っているのは、この恋人の影響がめちゃくちゃでかい。
「ただいまー」
自分の部屋じゃない方の扉を開けて声を掛ける。
おじゃましますって毎回言うのも微妙な頻度で会ってて、その都度適当な言葉で来た事を知らせていたのがつい最近まで。意識して口にしている部分もあるけれど、こっちの挨拶が当たり前になって来た事がやたらと嬉しい。
量販店のベッドとテーブルとクッション。本と僅かな雑貨が入っただけの余白たっぷりな棚。壁にかかった同じ学校の制服。スポーツとかバンドとかのポスターもなければ、趣味の物も見当たらない。
簡素でこざっぱりとし過ぎた部屋の主が、オレの声と扉の開く音を聞き付けて、手にした本から視線を上げた。すいと向けられた夜色は、帰り道で見上げた空よりも深く澄んでいる。
「お帰り、昴。」
「ただいま、遙」
今日も可愛いくて格好良くて綺麗な恋人は、オレにだけ分かる笑顔でふわりと出迎えてくれた。
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