2 / 10

第2話

 今までだって、人並みくらいには“彼女”とか“付き合う”って事に興味はあった。  ただ、ある程度選んで一応は維持させてみるけど去りたいならどーぞ。みたいないい加減な付き合い方だったし、その姿勢が変わっちゃうくらい夢中になれる相手も居なかった。  将来の事とか自分の事の方がどうしたって重要で、一つ前に付き合ってた子と別れた時も、面倒臭ぇし暫くいらないかなー、なんて思ったはずだった。  濡羽色の髪にリップ音を一つ落として、頬にも同じように触れる。そしたら「手洗いとうがい」なんて照れ隠しの注意を可愛い口がするから、家帰ってから来てる、って返してそのまま軽く塞いだ──。  なんていうやり取りに幸せ感じちゃってるんだから、今のオレは相当イカれてる。さっさと目の前から消えてくれ、って同じ人に思ってた事があるなんて嘘みたいだ。  それが、意識を変えたら意外と仲良くなれて、なんだかんだで一緒に居るのが普通になって、いつの間にかハマって、気付いた時にはもう落ちてて、自覚した途端に欲しくて堪らなくなった。  恋愛なんて絶対無理!! なこの人を、ちょっと強引にでもこっち側に引っぱりこんだ過去の自分を褒めてやりたい。お陰で毎日幸せだ。  ちゃちゃっと今日の分の勉強を一緒にやり終え、鞄に荷物をまとめながらそういやさ、と何気ない風を装って聞いてみる。 「行くのって明日のまま?」 「明後日にずれ込む事になった。なので、明日はその準備だけだな。」 「今日のうちにやれる事ある? つーか、本当に危ないとこじゃないんだよな?」 「古い知人の曾孫さんの手伝いだと言ったろ。人間が立ち入れる程度の場所だから問題ない。昴には……そうだな、このままお願いしても良いか?」 「ん。ホント、無茶だけはすんなよ」 「勿論だ。」  爽やかに答えてオレに背を凭せ掛ける人に、気ぃ遣って誤魔化してないだろうな? って思う事も最近はやっと減って来ている。  また大切な事を忘れそうになっていたら教えてくれ、とお願いしてくれた気持ちを尊重したいから、心配過ぎて「行くな」って言いたくなる気持ちも、過保護が過ぎて遙のやりたい事を制限しそうになる自分も追いやって、万全な状態で送り出してあげる事に集中しようと決めていた。  幸いな事に、遙の状態は比較的安定している。前みたい抑え込もうとしなくても、普通に遙の体の事を気遣ってる気持ちがあれば、ただくっついてるだけで割と効果があるらしい。相性の良さが成せる技なのか、気持ちの大きさなのかは全く分からないが。  遙の集中を妨げない程度に撫でてみたり、無事を願ってぎゅっとしてみたりするこの時間は凄く暖かくて、お互いの愛情と信頼がゆったりと沁み込んで行くみたいで好きだった。 「ありがとう。もう大丈夫だ。」  そう言われた後もゆるく腕を回し、鼻先で頸をくすぐると「こらこら」と笑って悪戯を受け入れてくれる。甘えるみたいに顔を擦り寄せたり、ふざけて目一杯抱き締めた後にこっそり最初よりも拘束を強くして、そーっとそーっと心と体の逃げ場をなくして行く。 そうして、油断しきった耳介に唇を触れさせながら、 ──ね、シよ?  って言うと、遙は決まって大袈裟なくらいに肩を跳ねさせた。 「ア、 アルバイトは?」 「明日はそんな早くない」 「あの、明後日の準備……。」 「大してかからないって言ってたじゃん、さっき」 「えっと、ほら、あの、あれが……。」  この前も似た手口に引っかかったのに学習しないし、毎回狼狽える人が可愛いくって仕方がない。赤くなっておろおろしている遙の口を塞いで耳の淵を軽く引っ掻くと、ん、と甘く鼻にかかった声がした。  歯列をなぞれば服を掴む手を震わせ、舌を絡めると合間に溢れる吐息を艶めかせ、優しく口付けながら体の弱い所を刺激してやると、遙はあっと言う間に翻弄されてくれる。 「──ん!……っん、ん、……うっ……ふっ……んんっ」 「はーるか。唇噛んでる。血出るから止めな」 「はあっ……、んぅっ……んっ」 「手も駄目。我慢してても辛いだけだって」  ほらどけて? と優しく言ってみても、オレに背後から抱きすくめられた強情な人は口を塞いだまま頭を振る。性欲なんて無縁と思っていた恋人は、予想外に敏感な自分の体を随分と恥ずかしがっているようで、どうにか我慢してやり過ごそうとする節があった。  良いんだけどな? それはそれで唆るし。 普段は冷静沈着で涼やかな空気を纏った遙が、オレの腕の中で快楽を押さえ込もうと必死になって体を震えさせる光景は、酷く独占欲と加虐心を擽る。  出来るだけ性的にならないところに何度か唇を落とし、邪魔な掌にもそっと口付けて唇に触れる事を許してもらう。頭や頬を撫でながら柔く唇を合わせ、暖かな余韻を残して離れた瞬間に、胸の先を弾いた。 「っあ……!」  羞恥心を覚え易い性質が災いしてか、遙はこういう時、結構どこを触ってもびくりとするけれど、ここは特にわかりやすく弱かった。 「やめっ、やだ、っあ……。ひどいぞ……! っあぅ、ゆだん、させて、んっ、おいてっ……あ! っあ……」  怒ってる風に見せて、文句を言って感覚を誤魔化そうとする癖は最初から気付いてる。だから無視して撫でると、一度我慢を忘れさせた口は簡単に快感を音にした。  くにくにとした感触だったものが、弄る内にコリコリと粒立って来る。もっとちゃんと、と思い始めそうな辺りで敢えて鎖骨や肋へ指を逸らし、いつまた触れられるのか分からない緊張と焦ったさが呼吸に現れたのを見計らって小さく主張する淡い色を服越しで摩ると、遙は背を仰反らせた。 「あぁっ……! ばかっ、それ、っん、やだって……っあ、だめだって、言って……」 「なんで?」 「はあっ……恥ずか、しいからにっ……っあ、決まって……バカっ、そんなにしたら……っ、あんっ……んっ」 「恥ずかしくないって」  首筋をそろりと舌で撫で、くすぐるように上へ這わせる。吐息と甘噛みで遙の意識を耳に集中させてから、欲でどろどろになった声を吹き込んだ。 「遙の可愛い声、いっぱい聴きかせて?」  普段よりも言葉遣いを柔らかくすると、この人が抗えなくなるのを知っている。 オレからのお願いに息を飲んだが最後、覚えたばかりの刺激に碌な耐性の付いていない遙の体は、本人の矜持を無視して飲まれるように落ちた。 「っあ、っあん……んっ、く……っあ、だめ、っあ、やだ……あんっ、ん、ぁんっ……。もう、ほんと、ぅあっ、やだぁ……! そこ、ばっかり……ひぅっ……! っあ、っあ……あぁバカっ、ばかばかぁ!」  言葉とは裏腹に遙は無意識に胸を逸らせ、もっと刺激が欲しいとばかりにぷっくりと熟れた先を晒す。本当に、どっからこんな仕草持って来るんだか。 「嫌じゃないだろ? こんな気持ち良さそうにしてんのに」 「してなっ……ああ! あ、やだっ、だめっ……はっ、だめだと言、あんっ……っあ、んぁっ、やだ……それじゃやだ……なぁ……っあ、んっ、っあ、っあ」  “恥ずかしい”のヤダとかダメに混ざって“もう弱く触られるだけじゃ足りないんだ”っていうヤダを入れて来るし、絶対無意識なんだろうけど、そう言う時の声は一層、脳が溶けるんじゃないかってくらい甘いんだから、欲に駆られてつい言う事を聞いてしまう。  煩いのは好みじゃない、なんていつだかに言ってたのは、単に恋心があるかないかだけの問題だったって事が遙とするようになってから分かった。ついでに、それっぽく聞こえてたあの時の遙の声ですら、本当にシた時とは比べ物にならなかったって事も。  もしかしてオレより低い? って錯覚する時もある落ち着いた声色がこんな、滅茶苦茶に抱きたいって飢えて、意地悪してでもたくさん聞きたくなる音に変わるなんて。 「あぅっ、ん。……なぁ、すばる……っん! なぁってばっ。あんっ…あっ……っあ、すば、る……すばる……っ」  蕩けきった声色で名前を呼ばれて、吐精への渇望が膨れ上がる。まだ殆ど下を触ってあげていないのに、と口角が上がる反面、限界を訴える時の強請り方をされるとこっちもヤバい。 いっつも手だし、他の事してみる? このまま上だけ触ってたらどうなんのかな。 「ん、んっ」  唇をくすぐってた指が、はふっ、と拙く咥えられて不器用な舌にちろちろと撫でられる。あーそれずるい。ご褒美が貰えるの待ってるみたいに耐えるとか。後で言ったら、そんな事してない、って絶対言うだろうけど。 「本当、可愛い」  イかせてあげる。そう言われて自然と期待に震えた遙の体を抱きし締め、待ち望んでいる場所を握り込んでやると、あぁと溜息の混じりの嬌声を遙が上げた。  毎日の生活は充実していて、恋人との関係は良好そのもの。実家はクソだけど昔からだからどうでもいい。  空も緑も夏への準備を着々と進める中でオレは、これが我が世の春ってやつか、なんて思うような日々を過ごしていた。

ともだちにシェアしよう!