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第10話
起きた時には太陽はもうとっくに活動してて、真上の位置に届きそうなくらいだった。
良かった、今日は学校休みで。バイトも夕方ちょい前からで。
ぎりぎり体を拭いた記憶はある。でも、そっからピロートークしてる余裕なんて微塵もないままお互い寝落ちた所為で、何か色々大変な事になってた。
日に日に暑くはなってるけど、シーツって今からだと外干しより乾燥機か? マットレスの方は……魔法で何とか出来る? って聞いたら遙は怒るかも。
でもまずシャワーだよなぁ。だらだら遙の髪を梳いていると、ん……と数時間前迄の余韻を微かに残す声をさせた遙がゆるゆると眼を開いた。
「おはよ」
月の明るい日の海みたいにきらきらと潤んだ瞳が、ぽやぽやとこっちを見返す。ああ可愛いな、制服をきっちり着込む前のこの子に『おはよう』を言えるってこんなに幸せなんだなって、めちゃくちゃ満たされた気持ちで額に口付けを落とした。
ささやかなリップ音を残して離れていったオレの顔を、遙の視線がぼんやり追いかける。そして、何度か緩慢に瞬きをしたと思ったら、急にばちっと目が合って、ガバッと起きた勢いのまま、また脱兎の如く風呂場に逃げ込んだ。今回は、かけといてたブランケットを掻っ攫って。
一緒に朝っつーかほぼ昼を迎えるのは初めてだけど、そうじゃない方はもう何度もしてるのに。まぁ昨日のは特に恥ずかしかったんだろうと思いながら、ベッドと床に散乱する服をスルーしてバスタオル出して、自分も履いたついでに下着をもう一枚と着替えを持って風呂場へ向かう。
「遙―?」
ぴったり閉じた扉の向こうへの呼び掛けに対する返事は、案の定ない。布にすっぽり包まってるところをちょっと見たかったけど、これは無理そうだ。ノックをしてから、はーるか、ともう一度呼びかける。
「タオルと着るもん貸すから、入って来な?」
「……………か”え”る”……。」
聞いた事ないような不機嫌な涙声に思わず顔が綻ぶ。だいぶ無理させちゃったなと思ってたけど、こんだけ意地張る元気があるなら大丈夫そうだ。
「そのまま服着たくないだろ。あと、洗濯するからそれ返して」
またちょっと間が空いてから、タオルがギリギリ通るくらいの隙間が開く。
絶対これ以上は開けないという圧が伝わって来るそこにタオルと着替えを差し出すと、速攻で奪い取られてぴしゃりと閉まった。バタバタと音がした後、適当に畳まれたブランケットがずるりと隙間から落とされる。
ぐしゃぐしゃに丸めて寄越したりは出来ないのに、きれいに畳みたくもないあたりが、怒ってるんだぞ! って言ってるみたいで微笑ましい。
湯の落ちるくぐもった音が聞こえてきて、オレも入っちゃおうかなぁなんて悪戯心が湧く。でも、それこそ滅茶苦茶怒るだろうし、腹も減ったし止めておこう。
勢い良く窓を開けると初夏の空気がぶわっと入り込んで来て、微かに残った夜を押し流す。
まずは洗濯物を突っ込んで、マットレスは……今は床で服と一緒くたになってる方のバスタオルが守ってくれてたと信じよう。走って食料買いに行って、きっとオレが戻るまで待っててくれてる恋人に、昨日の事と昨日までの事を「ごめん」って謝ろう。
そしたら一緒に飯食ってくれるかな? って考えるだけでワクワクしてくるんだから、やっぱ恋は怖くて不安定で、愛おしい。
目下の目標を、バイト行く前にぎゅってして「行ってらっしゃい」を言ってもらう事に決め、オレが風呂から上がるまで待っててもらえるように急いで片付けを始める。
熱っ苦しい太陽が『良い一日を!』ってばしばし叩くみたいな強い日差しを浴びせるから、暑ぃって文句を一つ空に投げた。
言われなくたって、成績はきっちり向上してるし、バイトも適度に入れてもらえてるし、実家の人間関係はさておき友達にもバイト仲間にも恵まれてる。
何より、直ぐ側に居る大切な人に「好き」と言えて「好きだ」と言ってもらえるのだから、今日どころか明日だって来月だってもっと先だって、オレの一日はずっと最高だ。
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