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5月19日 昼
新幹線から電車を乗り継ぎ、目的の駅についた時には昼近くになっていた。
カバンを肩に掛け旅館の迎えのバスを待つ。
昼食は雛森さんから貰った旅館で食事をするが、泊まるとこは別の旅館を予約していた。
チェックインの時間より早いが送迎をしてくれるというサービスに甘え、荷物を預けに行かせてもらうことにしていた。
「天気良くて良かったですね。」
空を見上げながらそう言う蒼牙は終始ニコニコで、あまりにも機嫌が良くて笑ってしまう。
初めての旅行に浮かれているのは俺も同じだが、蒼牙のそれは比べようもないものだった。
知らない土地、俺達を知らない人ばかりが周りにいるからか、蒼牙は俺に触れることに躊躇いがない。
気付けばすぐ近くにいて、ところかまわず手を伸ばしてくる。
『イチャラブできる』と言っていたのは本気らしい。
20代後半の俺にとってはハードルが高いが、明日までは独占されてやる約束だ。
春の陽気な日差しと、都会の喧騒のないこの地で、蒼牙とゆっくり過ごすことができるのは俺も嬉しいしな。
「あ、来ましたよ車。」
指差す方向を見ると旅館のロゴの入ったバンが近づいてきていたー。
宿泊旅館から歩いてすぐのところに食事券の旅館はあった。
中に入ると趣の凝らされたロビーがあり、案内されるまでに抹茶でもてなされた。
「…作法が分からないんですが。」
抹茶椀を持ったまま固まる蒼牙に「俺も知らないよ。」と笑い返し、とりあえず回してから口を付けた。
ほのかな苦味が移動で疲れた体を落ち着かせる。
…なのに蒼牙の視線で心は落ち着かない。
「…なんだよ。」
ガン見してくる蒼牙に声を掛けると、「いや、新鮮な光景だからしっかり見ておこうと思って。」と真面目に返された。
「…ッ…お前、恥ずかしくないのか?」
「?…何がですか?」
首を傾げる蒼牙。
呆れたように言った言葉は見事に通じなかった。
「…いや、いいよ。」
溜め息と共に呟き、甘い茶菓子を口に放り込んだー。
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