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向き合う

side 悠 日曜日に朔弥の様子がおかしくなってから、意識的に気付こうとしない自分がいた。 それに気付いたら、認めてしまったら、俺達は兄弟ではいられなくなる···そう思ったから。 だからいつもと変わりなく接していた。 笑い合い、冗談を飛ばしながら会話をする。 お前は大切な弟だから、かけがえのない存在だから、だから気付かないふりを続けていた。 それが朔弥を苦しめることだとしても、俺はそうすることしか出来なかった。 昨夜、風呂上がりに俺が頭を拭いていた時。 入れ替わりで入ろうとした朔弥が背後に来たことに気付いた。 狭いし場所を譲ろうとした俺を、朔弥は後ろから抱き締めてきた。 『待って···』 声は小さかったが、それはどこか苦しそうで。 振り向こうとした俺は一瞬固まってしまった。 うなじに感じる熱い唇。 止める間もなく、チュッ···と吸われた。 『な、朔弥、何して!』 驚きに声を上げると、唇は耳に移動してきた。 『···兄さん··』 『ンッ、··やめ!』 耳朶を軽く食まれ、声が詰まった。 抱き締めてくる腕から無理やり逃れ、背後に立つ朔弥を見つめた。 そこには『弟』ではなく『男』の顔をした朔弥がいて。 言葉を発しようとした朔弥の口を、咄嗟に手で塞いだ。 ダメだ。 聞いたら、もう今まで通りにはいかなくなる。 ···そう思った。 『···先に寝るな、おやすみ朔弥。』 ゆっくりと手を離しそう言うと、俺は返事も待たずに寝室に移動した。 卑怯な俺は、お前の気持ちから逃げたんだ。 苦しんでいることに気が付いていながら、お前を失いたくなくて逃げた。 その結果がこれだ。 朔弥を傷付け、蒼牙にも嫌な思いをさせ···そうしてやっと俺の選択が間違っていたことに気付く。 ほんと、ダメな兄貴でごめんな。 もう逃げない。 向き合うから。 だから、お前も俺に伝えてくれ。 部屋の扉を開く。 そこには手足を投げ出し、力なくソファーに座り込んだ朔弥がいた。 「ただいま、朔弥。」 「···お帰りなさい、兄さん。」 ゆっくりと身体を起こし、朔弥は俺を見た。 その顔は俺と同様、何かを決心しているのが分かる。 ほんと、よく似ているよ俺達はー。

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