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初対面3
「おまたせ、できたぞ····って、どうした?蒼牙。」
両手に料理を持ち、キッチンから篠崎が戻ってくる。
机の上に肘をついて項垂れている秋山くんを見て首を傾げながら聞いてくるのに、俺が答えた。
「なんでもないよ。ちょっと俺と話してただけだ。お、スッゲーうまそう!」
机の上に並べられていく料理の数々に、感嘆の声をあげた。
豚の角煮にタコのカルパッチョ、野菜サラダには俺の好きなエビとアボカドが乗っている。
そしてバカでかいおにぎりと秋山くんが買ってきてくれたナッツ類。
どれも俺の好物ばかりだ。
「せっかく来てくれたからな。明日があるけど、お前なら酔いつぶれることないだろ?好きなだけ飲んでくれ。」
「逆に悪いな。ありがとう、いただきます。」
ニッと笑う篠崎に俺も笑って応え、箸を手にした。
この短時間で作り上げてくれた料理。
ありがたく頂いているその向かいで、篠崎が秋山くんに話しかけていた。
「本当にどうした?耳まで赤いけど···木内と何を話してたんだ?」
「······気にしないでください。」
丁寧な口調に戻った秋山くんが手で顔を隠したまま答えるのが可笑しくて、向かい側でつい笑ってしまった。
俺の挑発に乗ってしまったことを恥じているのであろうその様子は、さっきまで見せていた冷たい雰囲気とは正反対で。
実はけっこう可愛いところもあるのだと、俺に好感を抱かせた。
クスクスと笑っていると、それに気付いた秋山くんがジロッと俺を見る。
「木内さん···いったい誰のせいだと?」
恨みがましくそう言うのに「悪かったって。ほら、角煮旨いぞ。」と皿に盛って渡す。
「···ありがとうございます。いただきます。」
少し躊躇いながらも皿を受け取り、秋山くんはフッと笑った。
そうして丁寧に手を合わせて挨拶をすると、大きな角煮を一口で食べてしまう。
「ん、おいしいです!」
もぐもぐと咀嚼する姿を横で見ていた篠崎が、「良かった。まだあるから、しっかり食べてくれ。」と笑う様子が本当に嬉しそうで。
見ていたこっちが赤面してしまうくらい、二人は幸せそうだ。
···試すようなことをしなくても、この二人を見たらお互いが本気で付き合っていることくらい分かったな。
そんなことを考えながら俺も料理を口に運んでいったー。
「おーい、篠崎~。篠崎さ~ん。」
「·········」
ソファにもたれ掛かったまま動かなくなった篠崎の肩を揺らす。
コイツの言う通り俺は酔い潰れなかったが、篠崎の方が潰れてしまった。
自宅という安心感からかすっかり落ちてしまっている姿は、外で飲むときとはまた違っているように思う。
「ダメだな、完璧落ちてるわ。」
揺らしていた手を引っ込め肩をすくめると、隣で見ていた秋山くんがクスッと笑った。
「ですね。木内さんが来てくれて嬉しかったんだと思います。本当に楽しそうに飲んでましたから。」
「····へぇ。」
愛しげに篠崎を見つめるその様子に、思わず声が出る。
「なんですか?」
「いや、本当に篠崎に惚れてんだなぁと思ってね。」
「···はい。他に余地なしです。」
からかうように両手をあげてそう言うと、彼はまた顔を赤らめて照れたように笑いグラスを手に取った。
さっき俺の挑発に乗った男とは思えないほど、穏やかに酒を飲むその姿に少し不思議な感覚に陥る。
「あの、まだ何か?そんなに見られると気になるんですが。」
俺がジーッと見ていたのに気づくと、秋山くんは苦笑しながら俺に向き直った。
「ん?いや、さっき俺の挑発に乗ったのが嘘みたいだなぁって。君、本当はそんなに怒る方じゃないだろ?」
思ったままにそう言うと、秋山くんはますます困ったように笑った。
その顔は俺の言葉を肯定している。
「···そうですね。本当に失礼しました。」
「いやいや、謝るのは俺の方だろ。わざと怒らせるようなこと言ったんだから。誰でもあんなこと言われたら怒るだろ。」
頭を下げる秋山くんに慌ててそう言うと、彼はフッと笑った。
「別に、俺が遊んでる風に言われて怒った訳じゃないんです。」
「···え?じゃあ何で?」
確か『飽きるほど女と遊んでついにゲイになったか?』的なことを言ったよな?
それを怒らずどこに怒ったんだ?
「木内さん、悠さんのこと『篠崎なんか』って言ったんです。···それにムッとました。」
「····はい?」
なんて言った?
え、どこ?
「だから、『篠崎なんかと付き合うくらいだから』って言ったんです。」
「···········はい?」
「·······もう言いません。」
「···え、そこ?本気で?····プッ、あはははは!!」
不貞腐れたようにそっぽを向いた秋山くんが可笑しくて、俺はとうとう大声で笑ってしまった。
自分が侮辱されたから怒った訳ではなく、篠崎を悪く言われたから怒ったというのか。
どこまで篠崎中心なんだ、この男は。
本当に、俺が心配なんかする必要は全くない。
秋山くんはこの先なにがあっても篠崎を守ろうとするだろう。
···まぁ、守ってもらわなくてはならないほど弱い男でもないが、篠崎は。
「···そんなに笑わなくてもいいでしょう?」
「悪い悪い。···はぁ、一頻り笑ったらなんだか俺も眠くなってきたな。そろそろ帰るよ。」
笑いすぎて溜まった涙を拭いそう言うと、秋山くんは「別に泊まったら良いじゃないですか。」と笑った。
「悠さんもそう言うと思いますよ?隣、布団もありますから良かったらそこで休んでください。」
隣の部屋を指差しながらそう言うと、秋山くんは篠崎の肩を叩いた。
「悠さん、ここだと風邪引きますよ。ほら、ベッド行きましょう?」
「ん···そ、が···?」
俺があれだけ肩を揺らしても起きなかったくせに、秋山くんが軽く叩いただけで意識を浮上させる篠崎に少し呆れる。
「はい、動けますか?」
「········。」
優しい声にフニャッと笑った篠崎は、次に信じられない行動に出た。
「····ん、」
手を伸ばし秋山くんの首に回すとそのまま自分の方に引き寄せ···軽く口づける。
····チュッ、チュ···
押し付けた唇を離しもう一度重ねたあげく、秋山くんの顔を愛しげに撫でた。
「···眠い。」
僅かに離した唇からそんな言葉が出てきて、そのままギュッと抱きついてしまう。
···篠崎のヤツ、完全に俺の存在を忘れてやがる。
「はい。」
至極嬉しそうな声で返事をした秋山くんが篠崎の身体に手を回し、一気に持ち上げる。
「木内さん、ちょっと悠さんを運んできますね。」
「お、おう。」
いわゆるお姫さま抱っこで俺を見下ろしているが···篠崎だって男だ。
そんなに軽々と抱き上げられるものか?
ていうか、お前も少しは恥じらえよ。
俺の返事を聞くと、篠崎のサラサラな髪にキスを落としながら歩き始める秋山くん。
あまりにも堂々としたイチャつきに、いっそ清々しささえ覚える。
「···いいもの見たな。」
いつも隙がなく、からかいようのない親友。
その篠崎の甘えた姿に、明日から当分はこのネタで遊べそうだと笑った。
·····だけど、今日はやっぱり帰ろう。
泊まったら良いと言われたが、下手したらとんでもない声まで聞かされるかもしれない。
それは流石に勘弁してくれ。
秋山くんが戻ってきたら、ちゃんと挨拶をして帰ろう。
篠崎ほどではないが酔った頭でそんなことを考えながら、俺は机の上を片付けていったー。
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