212 / 347

初対面2

「いらっしゃい。わざわざありがとうな。」 部長からの土産を受け取った篠崎は、そう礼を言うとキッチンへと向かった。 「木内、晩飯はまだだろ?もう少しでできるから、座って待っててくれ。」 「あぁ、ありがとう。そういえば良い香りがしてるな。」 キッチンから篠崎の声が聞こえ、甘い醤油の香りが漂っていることに気付く。 篠崎がキッチンにいるのならちょうど良い。 俺は向かいに座る秋山くんに顔を向けると、まっすぐに見つめた。 「·····なんですか?」 視線に気付いた秋山くんが、にこりと笑いながら聞いてくる。 「ん~、いや、秋山くんってそうとうモテるでしょ?」 俺の突然の質問に「そうですね、声はよく掛けられます。」と困ったように笑う。 そういえば、二人の出会いもナンパを助けたとか言ってたな。 「だろうね~。じゃあ、ヤリたい放題だね。」 意地悪くそう言うと秋山くんは一瞬嫌な顔をして見せたが、すぐに笑顔に戻すと「そんなことないですよ。」と答えた。 「俺、かなり淡白な方でしたから。あんまり興味なかったですし、セックス。」 「って、ハッキリ言うね。」 まさか『セックス』とハッキリ答えられるとは思っていなかったので、少し驚いてしまう。 「でも嘘だね。君みたいな見た目の男が女の子と遊ばないなんて、病気かゲイかのどっちかだろ。···あぁ、男にしか興味ないのか。」 「····病気でもゲイでもないですよ。」 ますます困ったように笑うと、秋山くんは「お茶でも淹れてきますね。」と立とうとした。 ダメだ、逃がさない。 ちゃんと俺に見せろ、お前の本気を。 「違うのか?篠崎なんかと付き合うくらいだから、てっきりそうなのかと思ったんだが。」 立ち上がりかけた腰を戻し、秋山くんはまっすぐに俺を見つめてきた。 わざと怒らせるつもりで言った言葉に少しムッとした様子の彼に、馬鹿にしたように笑って見せる。 「··········」 「それとも女に飽きてつまみ食いがしたくなった?」 「····何が言いたいんですか?」 ワントーン落とされた声に彼の怒りが見える。 静かな声は小さいのによく通り、俺の背中にザワリとしたものが走った。 「篠崎はお前と出会うまでちゃんと女と付き合ってた。別に誰がどうしようが俺には関係ないが、篠崎は俺の友達だ。アイツが不幸になるのは見たくない。」 「俺があの人を不幸にすると?」 目を逸らさず話す秋山くんに、俺も見つめ返して頷いた。 「ただの興味本意としか思えないね。一時の興味でアイツを振り回すくらいなら、さっさと別れろ。今ならまだ傷が浅くて済む。」 「·········」 ハッキリとそう伝える。 押し黙ったままの彼に、俺は続けた。 「どうせ今回の同棲も篠崎から提案したんだろ?君はただ楽だし、面白そうだから乗っかった。女と違って都合よくアイツを抱けるしな。····違うか?」 怒らせたくて紡いだ言葉に、俺自身胸が悪くなる。 でもそんなことを悟られるわけにはいかない。できるだけ冷たく言い放ち挑発していく。 「·····それで、もし仮に貴方の言う通り悠さんと興味本意で付き合っていたとして、俺が『わかりました』と言うと思いますか?」 冷ややかな声。 うっすらと浮かべた笑顔。 こんな表情すら絵のように見えるのだから、まったく質が悪いな。 「思わないね。だけど、篠崎に忠告することはできる。君は恋人という立場に安心してるかもしれないが、俺だって伊達にアイツと付き合ってきた訳じゃない。俺の言葉が届かないと言いきれるか?」 「········」 黙ってしまった彼をじっと見つめる。 俺の言いたいことは言った。 あとはどう答えるかだ。 「·····分かりました。」 ため息を一つ吐くと、秋山くんは静かに言った。 「それは、どういう意味の『分かりました』かな?」 俺がゆっくりと問うと、彼は余裕の笑みを浮かべながら続けた。 「···あなたが言いたいことは分かりました。でも、ハッキリ言わせてもらいます。」 そこまで言うと、目を瞑り呼吸を一つ吐く。 そして次に俺を見据えたときには、表情が違っていた。 「·····部外者が余計な口を出すな、迷惑だ。」 彼の纏う雰囲気が一瞬で変わる。 それまでの丁寧な態度が一変し、冷たい空気が彼を包んだ。 「遊びで男を抱くとでも?冗談じゃない。ただの性欲処理ならそのへんの女で十分だ。」 「········」 「でもそんな面倒なことはしない。言っただろ、俺は淡白なほうだったって。」 『だった』という言葉に少し力を入れるのを俺は聞き逃さなかった。 「俺が自制効かなくなるのも、欲しくてたまらないのも···全て悠だけだ。」 「···それで、あんなに痕を残すのか?」 篠崎の首の後ろにあったキスマークを思い出す。 一度だけではなく何度か見つけたあの所有印は、まるで見せつけるかのように刻まれていた。 淡白だと言い張るヤツがあんな痕を残すわけがない。 つまり篠崎に対してだけ、この男は欲を向けると言いたいのか。 「あれは近付かないと見えない場所だったろ?あんたが悠に近付きすぎなんだよ。」 「····なるほどね。」 まるきりさっきと態度も口調も違う。 でもこれが、この男の本性なのだろう。 「つまり、君が執着するのは篠崎だけってことか?」 「そうだよ···他のヤツじゃ駄目だ。悠の心も身体も、血の一滴だって俺のものだ。あの人じゃないと俺は満たされない。」 血の一滴···珍しい例えをするな。 そう思いながらも彼の真剣な目が俺を射抜き、声を出すことができない。 「もし悠が俺から離れるようなことがあったら、俺はあの人を閉じ込めるよ。本当なら俺以外の人間に笑いかけるのも、親しげにするのも嫌なくらいだ。」 「····すごいな、まるで子供の独占欲だ。」 秋山くんの言葉一つ一つが俺を納得させていく。 真剣な想いが伝わってくる。 「ちがうよ。子供は飽きたらすぐに捨てる。俺は絶対に悠を離さない。一生側にいて欲しい···こんな狂気めいた想い、子供はもたないだろ?」 「···そうだな。」 ···ああ、大丈夫だ。 彼は本気で篠崎と向かい合ってる。 その想いで篠崎を潰してしまうのではないかと思わせるくらい、真剣に。 「···ごめんな。」 「····え?」 俺は秋山くんに向かい頭を下げた。 空気で彼が戸惑っているのが分かる。 「試すようなこと言って悪かった。君の本音が聞きたかったからとはいえ、失礼なことを言った。」 深く頭を下げ、顔を上げる。 そこには目を見張った秋山くんがいて、その表情が可笑しくてフッと笑ってしまった。 「試すって····」 「うん。篠崎のことどれだけ本気なのか、確認したかった。」 俺は自分の非礼を素直に詫びると、自分の真意を話していったー。

ともだちにシェアしよう!