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デートしましょう3
side 悠
「お前、本当にバカだろ···」
蒼牙から渡されたチケットと目の前にある座席を確認しながら思わず呟いた。
「ここに本気で座る気か···?」
隣でニコニコと俺を見つめる蒼牙を見上げ小声で訊ねれば「もちろんです。ほら、早く座りましょう。」と肩を抱かれた。
「っ、」
思わず足を踏ん張ってしまっても仕方ないと思う。
『俺が買ってきます』と張り切ってチケットを買いにいった割には、ガックリと帰ってきた蒼牙に首を傾げたのが一時間前。
その理由が今よく分かった。
チケットには『水底に灯る』と題名があり、買うはずだった映画のチケットが売り切れていたのだろうと考えた俺の読みは甘かった。
指定された座席に来てみれば、それは思ってもみない席で。
映画館内後方に設置されたその席は、一般の座席とは明らかに違っていた。
赤い絨毯の広い空間内にはソファのような座席。
黒いその席は大人二人が余裕で座れる広さがあり、中央には丸い小さなテーブルが設置されている。
座席の肘掛けは収納可能で、座った二人の間に隔たりを無くすことができるようになっている。
···聞いたことはある。
『カップルシート』ってやつだ、これは。
聞いたことはあるが実際に座るのは初めてで、しかも···恋人とはいえ、傍目から見れば俺たちは男同士な訳で···
「悠さん?」
薄暗い館内で蒼牙が俺の顔を覗き込む。
「もしかして····怒ってますか?」
シートに座ってからもどこか落ち着かずにソワソワとしている俺に、蒼牙がションボリとした声で聞いてくる。
あからさまに耳と尻尾が垂れ『ごめんなさい』と言わんばかりの瞳。
その叱られた犬のような様子が可愛くて、クスッと笑いが溢れた。
「怒ってなんかないよ。ただ、少し恥ずかしいだけだ。」
慣れない席と、周りから注目されているのではないかという気恥ずかしさ。
それを素直に蒼牙に伝えればフワリと微笑まれた。
「恥ずかしがる悠さんも可愛いです。」
こめかみにチュッとキスを落とされ、すぐ側にある蒼牙の身体を押し戻した。
「分かったから、ちょっと遠慮してくれ。心臓がもたない。」
染まる顔を隠すように片手で覆いそう呟く。
俺達より後ろには席はないし、横にも誰も座っていない。それでも、公共の場で蒼牙とこういうことをするのは恥ずかしい。
「フフッ··じゃあ、映画が始まるまでは大人しくしてます。」
「ッ、どういう意味だ?」
聞き逃せない言い回しに顔を上げ見つめたが、蒼牙は「そのまんまの意味ですよ?」とイタズラっぽく笑いシートに深く座り直したー。
「·····やっぱりバカだろ、お前。」
小声で蒼牙を見やる。
俺の肩に顔を埋め腕を掴んでいるその姿は、まるでお化け屋敷を怖がる女の子のようだ。
「う~···俺もそう思いま、す···ッ!」
『キャー‼』という悲鳴とおどろおどろしい効果音が大音量で流れ、それに合わせて蒼牙の身体がビクッと跳ねた。
「も、もう···見えないですか···?」
恐る恐る聞いてくるその声にクスクス笑いながらしがみつく腕を叩いた。
「もう少しかな。今バックミラーに影が映った。」
「言わなくていいですから!」
「あははは!」
悲痛な訴えに、とうとう声を出して笑ってしまった。
ホラー映画で笑うなんてどう考えてもおかしいが、あまりにも蒼牙が可愛すぎて笑いが抑えられない。
まるでプルプルと震える犬だな。
昔、祖父母が飼っていた大型犬が怖いときにこうして震えていたのを思いだして、蒼牙の頭をソッと撫でた。
「可愛いな···」
「え?なんですか?何か出ましたか?」
ボソッと呟いた俺の言葉に蒼牙が顔を隠したまま聞き返してくる。
怖いくせに気にするところが余計に可笑しい。
何が『映画が始まるまでは大人しくしてます』だか。実際に始まると、怖がってそれどころでは無くなってるくせに。
周囲を簡単に見回し、人目がないことを確認する。
···よし
チュッ···
顔を少しずらし、蒼牙の頭に軽く口付ける。その感覚に蒼牙の身体がピクッと動くのにクスッと笑いが溢れた。
「···悠さん」
「シーッ···」
キスに気付いた蒼牙が顔を上げ名前を呼ぶのを小さな声で制し、その形の良い唇に自分のそれを重ねた。
チュ··チュッ、
ゆっくりと唇を離せば嬉しそうに笑う蒼牙と目が合い、その笑顔がなんだか堪らなくて俺も微笑んだ。
どちらからともなく自然ともう一度唇が重なる。
「ん、蒼牙···」
「チュッ···悠さん···」
グイッと身体を引き寄せられ、まるで蒼牙に覆い被さるような形になってしまう。
「ちょっ、見えないだろ···!」
慌ててそう言えば、至近距離で蒼牙が「え、」と言葉を詰まらせた。
「見たいんですか?」
意外そうなその表情に思わず苦笑する。
「お前と違って、俺はちゃんと見てるからな。気になるだろ。···それに、流石にこの体勢は恥ずかしい。」
いくら暗くて一番後ろとはいえ、すぐそこには人がいるのだ。
振り返れば俺達がどうしているかなんて一目瞭然だろう。
「···分かりました。」
少し考えていた蒼牙が大人しく手を離すのに合わせて、シートに身体を戻した。
スクリーンを見れば明るい場面へと移っていて曲も穏やかなものになっている。
「今なら怖くない···ッ、蒼牙、なに··」
『怖くないから見れるだろ』と伝えようとした言葉は、首筋に感じたヌルリとした感触で遮られた。
「気にしないで···悠さんは映画を観ててください」
「ッ、待てって···ンッ!」
耳元に囁かれる言葉と吐息。
そして···下半身に大きな手が伸びてきたのが分かったー。
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