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第1話 お嬢様は悪役令嬢ーsideエリクー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 登場人物表 アリシア・グランティア 公爵令嬢、悪役令嬢 イリーナ・ラドクリフ 小説のヒロイン ウィルフレッド・レ・ティターニア 正妃の子、アリシアの婚約者 エリク アリシアの従者 オリビア エリクの姉、アリシアの侍女 カイル・レ・ティターニア 側妃の子、王位継承権二位 キャンベル カイルの侍従、母親の代から仕えている クレア(名前だけ) カイルの母、元伯爵令嬢。故人 登場した順に、アイウエオ順の名前になっています。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「アリシア・グランティア公爵令嬢! イリーナ・ラドクリフ嬢に対してお前が行った数々の陰惨な嫌がらせを私が知らないとでも思ったか! お前は王子たる私の婚約者に相応しくない。婚約は破棄させてもらう!」  そう言ったティターニア王国の第一王子、ウィルフレッド・レ・ティターニアは横に立つイリーナの腰を優しく抱き寄せた。イリーナは頬を染めながら王子に寄り添っている。  そんな王子とイリーナを冷めた目で見たアリシアは、毅然とした態度で、その場にいる全員に聞こえるようなきっぱりとした声で言い放った。 「わたくしは嫌がらせなどという低俗なことをした覚えはありません。しかし貴方がそれを真実だとお思いになり、わたくしとの婚約破棄を望まれるなら、それを謹んでお受けいたしましょう。どうぞお二人ともお幸せにお過ごしくださいませ」  誰にも真似できないほどの美しい所作でカーテシーをしたあと、優雅に回れ右をしたアリシアは王立学校の卒業パーティー会場を後にしたのでした。  二人はこれからの未来に胸を膨らませ、手と手を取り合って微笑み合いました。  ーーこうして二人は結ばれ、末永く共に暮らしました。  ーー小説『宵闇の乙女は蝶の夢を見る』ENDーー  ====================  さて、卒業パーティー会場を後にしたアリシア・グランティア公爵令嬢といえば。 「ああつっかれたー! 卒業パーティーまでがものすっごく長かったけどようやく婚約破棄してくれたわ!!  まったく、好きでもないヤツの婚約者役しないといけないなんて、もうほんっとに毎日が地獄みたいだったわー。  あの王子の(やに)下がったツラ見た? ピラピラでキラッキラなデーハーな服にジャラッジャラつけてたデッカい宝石の趣味(センス)の悪いこと!  イリーナもこれでもかってくらい勝ち誇った顔して、胸元丸出しの下品で派手なドレス着て王子にオッパイ押し付けてるんだもん。ああ恥ず! あの原色で真っ赤な色のドレス、王子からの贈り物よね。趣味悪すぎじゃね? あ〜おっかしいっ、あはははは〜〜〜!!」 「お、お、お、おっぱ……!?」 「おつかれさまです、お嬢様。デーハーってなんですか。お言葉が乱れておりますよ!」  用意されたグランティア公爵家専用の控室に戻ったアリシアお嬢様は、はしたなくも大きく口を開けて大笑いされました。部屋に(わたくし)どもしかいなくてようございました。この場にお父君の公爵閣下がいらしたら卒倒しておられたことでしょう。  ここで自己紹介をいたします。『おっぱい』という言葉に動揺して、耳まで真っ赤になり、顔を手で覆ったのが従者である私エリクで、労りのあとにちゃっかり苦言を呈したのが我が姉、侍女のオリビアです。オリビア姉さんはお嬢様と同い年、私は二つ下の十六歳です。  私たちは二人ともお嬢様の乳母の子供、つまりお嬢様の乳姉弟(ちきょうだい)で、私たちが生まれる前からお嬢様のお世話係になることが決まっておりました。  お嬢様が前世の記憶というものを思い出したのは、三日間高熱を出して寝込んだ十歳の頃だったと記憶しております。 「ああああああ! あたし、卒業パーティーで断罪される悪役令嬢アリシアじゃんっ!」  公爵令嬢にあるまじき叫び声を上げたお嬢様によると、ここはお嬢様が前世で読んでらした恋愛小説『宵闇の乙女は蝶の夢を見る』の世界なのだそうです。    平凡に生きてきた黒髪の美しいヒロインは、十五歳になった子供が教会で必ず受けなければならない魔力鑑定で、もうこの世界には居なくなってしまったと思われていた珍しい闇属性の持ち主だと判明する。国の命令でヒロインは、特待生として貴族だけが通う学園に入ることとなった。  学園に入ったヒロインは、平民であることと闇属性ということで王子の婚約者の悪役令嬢とその取り巻きたちに苛められる。それでも明るく健気に生きるヒロインに惹かれていく王子やクラスメイトたち。さらに、学校行事の野外演習の際に森で迷った王子たちを、ヒロインは自らの闇魔法で作り出した蝶を使って助ける。  そんなこともあり、二人は学園祭や生徒会選挙などのさまざまなイベントを通して仲を深めていくのだが、面白くないのが王子の婚約者である悪役令嬢。彼女のヒロインに対する嫌がらせはだんだんとエスカレートし、とうとうヒロインが、悪役令嬢に階段から突き落とされるという事件が起きる。  すっかりヒロインを好きになってしまっていた王子は卒業パーティーで悪役令嬢を断罪し、それと共に婚約も破棄してヒロインと結ばれる。  ……という物語だそうです。  その小説の中に出てくる王子の名前が『ウィルフレッド』で、ヒロインが『イリーナ』。そして二人の仲を邪魔する悪役令嬢がお嬢様、『アリシア』だったのです。 「これじゃああたし、ウィルフレッド殿下と婚約しないといけないじゃない! それ、最悪なんだけど」  ……そちらですか。  お嬢様にとっては皆様の前で婚約を破棄されることよりも、ウィルフレッド殿下の婚約者になることの方がお(いや)のようです。    前世の記憶を取り戻したお嬢様は、物語から逸脱できるよう、いろいろな事を試されました。殿下の婚約者にならないように仮病を使って殿下との交流会を欠席したり、公爵閣下に婚約は嫌だと泣いてお頼みしたり、正妃様に嫌われるような行為をされたり、殿下に別の令嬢を宛てがったり、学園に入学できないように家出をされたり。しかし何をどう足掻いても物語の強制力には勝てず、泣く泣くウィルフレッド殿下の婚約者となり、学園にも入学されました。  学園の校門の前でイリーナ嬢が殿下にぶつかるというイベントも、イリーナ嬢を避けるために学園行く時間をずらしたのにも関わらず、けっきょくイベントは起きてしまいました。  さらに、お嬢様が何もされていないのに、イリーナ嬢のノートが何者かに破られるという事件が起き、それをしたのがお嬢様だという噂が学園を駆け巡りました。 「あたしがそんな卑小な真似をするわけないじゃん! 物語の強制力、ハンパないわ……!!!!」  お嬢様は、と侍女の我が姉、オリビアの胸に倒れ込んで嘆かれました。  ああ、何とお可哀想なお嬢様!  私ができるのは美味しい紅茶を出すくらいです。  お嬢様のためにカモミールティーを用意している間、オリビア姉さんはお嬢様の頭をヨシヨシと撫でておりました。私たち三人は身分の垣根を超えてとても仲良しなのです。 「ありがとう。エリク、オリビア」  お嬢様はいつも私たちのような下々の者にも感謝の言葉を口にされるお優しいお方です。ウィルフレッド殿下にお嬢様は勿体なさすぎます!    学業不振な上に貴族たちが眉をひそめるほど素行が悪く、次期国王に相応しくない横暴な振る舞いをされるウィルフレッド殿下が王位継承権第一位なのは、グランティア公爵家の後ろ盾と、優秀なお嬢様が王妃になり「お飾りの」王となる殿下をお助けすることを期待されているからこそなのです。  因みにこの婚約は王家から半ば強制に近い打診をされたものです。とくに別腹の子供に王位を渡したくない正妃様から強く請われたことでした。王家にはさすがに逆らえないため、公爵様は涙を呑んで婚約を受けられたのです。それなのに……!!  私といたしましては、愚昧な殿下とお嬢様の婚約がなくなるのはとても嬉しいのですが、なんの瑕疵もないお嬢様が、衆人環視の中で好きでもない殿下から婚約破棄をされ、さもお嬢様が悪いかのように断罪されるなど許せるわけがありません。それは気高いお嬢様の矜持を著しく傷つける行為です。  私は教会まで足を運び、ウィルフレッド殿下が将来禿げるよう神様に祈りを捧げておきました。  そもそもイリーナ嬢は、いくらウィルフレッド殿下がお好きな相手だとしてもただの平民です。そんな方が王妃になることを周りが許すとでも思っているのでしょうか? 貴族の世界には血統の問題があり、二人が結ばれて子ができても、誰が血筋の悪い女性から生まれた子供を王の後継者と認めるでしょうか。  もし万が一ウィルフレッド殿下が王位を継ぐことになり、イリーナ嬢を妻にと求めても絶対に貴族たちは認めないでしょう。それどころか王家に牙を剥くこともあるかもしれません。それを避けるためには殿下を王位継承から外すしかなくなります。  ですから、殿下がお嬢様との婚約を破棄などしたらどうなるか……。子供にすら分かることです。それすら気付かずにお嬢様との婚約を破棄し、イリーナ嬢と結ばれることしか考えていない殿下はおバカ……いえ、恋愛のことで頭がいっぱいで、頭の中がお花畑になっているのでしょうね。  さて、お話を戻します。  イリーナ嬢の入学式での出会いやノートの件でもお分かりになる通り、お嬢様がどう足掻いても強制力が働いて物語の通りになってしまいました。けれどここで嬢様はあることに気が付かれました。 「そういえばこの物語の最後って確か、『こうして二人は結ばれ、末永く共に暮らしました。』としか書いてなくて、ウィルフレッドが王位に就いたとか、イリーナが王妃になるとかまでは言及してなかったのよ。これを利用しない手はないわ!  要はあの二人がどんな状況でも、とにかく『二人が結ばれて、末永く共に暮らす』ことさえできれば物語の展開通りに進むってことじゃないの」  お嬢様はにっこりとそれはもう良い笑顔を私たちに向けられました。 「だったら二人が私への断罪後、逆に『ざまあ』をされて、平民堕ちしたり王家を追放されたとしても、とにかく二人が結婚してず〜っと一緒に暮らしてくれさえすれば物語の通りってことなのよね。  オリビア、エリク。私は今から二人が『ざまあ』される状況を作るために色々な証拠を集めようと思います。手伝って!!」  とは何でしょうか。よく分かりませんが、お嬢様がとても楽しそうなので宜しゅうございます。お嬢様にお聞きしたところによると、『ざまあ』とは幸せの絶頂にいる所をひっくり返し、逆に相手を不幸に堕とすことを言うそうです。それをウィルフレッド殿下とイリーナ嬢にするとお嬢様は言われるのです。  二人を『ざまあ』するためにまずお嬢様がされたこと、それはイリーナ嬢に嫌がらせをしているのがお嬢様ではないことを証明することでした。イリーナ嬢のノートを破ったのがお嬢様でない以上、別の犯人がいるということです。  そこでお嬢様が用意されたのは、これから売り出す予定の『防犯カメラ』でした。これは設置した場所の映像を記録し、映し出すことができる魔道具です。売り出す前の試験運用ということで学園にお願いし、秘密裏に設置してもらいました。 「これでイリーナが嫌がらせを受けている所を撮影するの! 犯人があたしじゃないって証拠になるわ」  記憶を取り戻してからのお嬢様は前世の知識を活かし、色々と便利な魔道具を公爵家御用達の魔道具店の職人たちと共にお作りになりました。  氷の魔石を使った冷蔵庫、風の魔石を使った掃除機とドライヤー、風と水の魔石を使った洗濯機など、今貴族家でこぞって使われる魔道具は、ほぼ全てお嬢様が発案なされて魔道具職人たちと作り上げ、公爵家から売り出したものです。そのおかげでグランティア公爵家は王家よりも裕福になっており、もし王家が滅びたとしても公爵家だけは生き残ることが出来るほどのお金が潤沢に金庫に眠っています。ーー…ふふ、これは内緒ですよ。  そう、もちろんこの『防犯カメラ』もお嬢様発案です。さすがお嬢様です!  これも他の魔道具同様に需要がありそうなので、きっとたくさん売れるでしょう。 「前世じゃさあ、ちょーっと失敗して間違ってできちゃった毒ガスを部屋に撒き散らしちゃってさー。それであたし死んじゃって。まさか悪役令嬢に生まれ変わるとは思わなかったわ。あはははは」  何してるんですか前世のお嬢様ーー!!!!  お嬢様も笑いながら話さないでくださいませっ!!  さて、『防犯カメラ』に撮影された映像を見て私たちは呆れたため息を吐くこととなりました。その映像は王位継承権を持つもう一人のお方へと託されました。  もう一人の王位継承者、それはウィルフレッド殿下たちの一学年下で、腹違いの弟であるカイル殿下です。カイル殿下は眉目秀麗で品行方正、温厚篤実だと評判が高いお方です。お嬢様はカイル殿下に前世のことや、卒業パーティーで断罪されることなど全てを打ち明け、協力していただくことにしました。  その代わり、ウィルフレッド殿下との婚約破棄後にお嬢様とカイル殿下が婚約し、グランティア公爵家がカイル殿下の後ろ楯になることで、次の王座にカイル殿下を推すことを約束なさいました。  カイル殿下の母は現王が一目見てその美貌に惚れ込んで強引に側室にした伯爵令嬢で、身分としては問題ないのですが、すでにお亡くなりになっていることと、母君のご実家である伯爵家が裕福ではないこともあり、三大公爵家の一つ、ケンドール公爵家のご令嬢であった母を持つウィルフレッド殿下よりも後ろ盾が弱いため、優秀であるのにも関わらずカイル殿下の方が王位継承権が低いのです。  正妃様はそれだけでは飽き足らず、お嬢様を自分の息子の婚約者にして周りの者たちにウィルフレッド殿下が王位を継ぐ事を認めさせました。それほどまでに競争相手であるカイル殿下が優秀すぎることと、そうしないといけないほど自分の息子の出来が悪く、周りがついていかないことを正妃様自身が分かっていたということです。  それなのにウィルフレッド殿下はお嬢様に婚約破棄を一方的に押し付けました。それも大勢の貴族の皆様の前で。これでもう婚約破棄を撤回することは不可能です。  ここでお嬢様がカイル殿下と婚約を結び、グランティア公爵家がカイル殿下の後ろ盾に付くと皆様にご報告したらどうなるでしょうか。家臣たちはこれ幸いにと、こぞってカイル殿下を王位に就けるよう動くでしょう。後悔しても遅いのですよ、ウィルフレッド殿下。  今頃、卒業パーティーの会場はどうなっていることやら……。お嬢様に負けず劣らず優秀なカイル殿下なら上手くやってくれていることでしょう。  私どもが『ざまあ』というものを見られないのが残念でなりません。

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