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「どうしよう、俺、郁見に告白されちまった」
と、竹本がひそめた声で言うので、北井は一瞬聞き違えたかと思って訊き返した。
だって、郁見は男だ。男が男に告白するなんて、つまりそれは、今流行りの、LGBTとかいうやつだ。
「え、郁見ってそうなの? でもあいつ、ちょっと前に彼女いるって言ってなかったか? つまり、バイってこと?」
「知らねえよう。そんなこと聞く余裕なかったっての」
「でもおまえ、そういうのってさ、そんな簡単に人に言っちゃいけないんじゃないの? ほら、なんとかハラスメントとかいって、そっから広まって、本人を傷つけちゃったりさ」
「あ、そうか、やべえ。おまえ、絶対誰にも言うなよ」
「言わねえけどさあ」
竹本は大きなため息をつくと、中庭に向けて全面ガラス張りになった学食の、明るい陽の降り注ぐ窓際のテーブルに勢いよく突っ伏した。
「それでおまえ、何て答えたんだよ」
突っ伏した竹本の耳元に、北井は訊ねる。
「何ても何も、断ったよ。ごめん、つって。そういうふうには考えられないって」
「だよな。そんであいつ、何て?」
「そうだよな、って。やっぱりそうだよなって。ごめん変なこと言って、って、気持ち悪いとか思うんだったらしょうがないけど、もし嫌じゃなかったからこれからも今まで通り話してもらえたら嬉しいって。もちろん、って答えたけどさあ」
「え、やっぱり気持ち悪いとか思うわけ?」
「思わねえよ。別に郁見は郁見だよ。でも今まで友だちだと思ってたやつに告白されるとさあ、これからどんなふうに接したらいいかわかんなくなんねえ?」
「まあ、それはそうだな」
「あー、どうしたらいいんだろう」
頭を抱える竹本を横目に、北井は郁見のことを思い出す。
郁見は大学に入ってからの友人で、同じ学部で同じ講義を取っていて、竹本や北井とよく話すようになって一年ほどが経つ。目立つタイプではないけれど、大人しいほうでもない。他の同級生となんら変わらない。北井にとってはそういう印象だった。それがまさか、竹本に恋心を抱いていたとは。
いったい竹本のどこがいいというのだろう、と北井は思わずにいられない。別に竹本が想われるに値しないやつだとは思わないが。
いったい郁見は、竹本のどういうところが好きなんだろう。初めて遭遇した事態に、そんな疑問が頭から離れなかった。
それで、翌日講義室で郁見に会ったとき、北井はつい、挙動不審になった。訊きたい衝動を押さえようとするあまり、一段斜め上にいる郁見のことをついじろじろと見てしまう。ついに郁見が眉根を寄せて北井を睨んだ。
「……何」
「あ、いや、あの、別に」
「別にじゃねえだろ。何だよ、何か言いたいことがあるんじゃないの」
あー、いやー、と北井が言いよどんでいると、郁見は辺りを軽く見まわして、講義室に人の少ないのを確認してから小さく言った。
「聞いた? 竹本に」
「え?」
「聞いたんじゃないの? 昨日のこと」
「まあ、聞いたけど。なんで」
「北井には言うだろうと思ってたから。おまえら仲いいし」
「……ちょっと訊くけどさ、そこからさ、その、そういう噂とかが広まるとか、思わなかったわけ?」
「広めたの?」
「広めないけど」
「だろ。竹本と北井はそんなことしないと思って」
「……そりゃあ、信用していただいて」
北井は立ち上がり、郁見の隣の席に移動して顔を寄せる。
「な、おまえってさ、ゲイなの?」
「そうだよ」
あっさりと、郁見は認める。
「でもおまえ、前に彼女いたって言ってなかったっけ?」
「ああ。あれ嘘だよ。とりあえずそう言っといたら無難だろ」
「そうなのか。そうだったのか」
郁見があんまり普通に話すので、北井はそのとき初めて肩に力が入っていたことに気づいた。少し緊張していたらしい。
「じゃあさ、訊いていい?」
「……何を」
「竹本のさ、どこがいいわけ?」
「どこって」
露骨に迷惑そうな顔を、郁見はした。したはしたが、ぽつりぽつりと答え始めた。
「なんか、優しいし、気がきくし、気にかけてくれるっていうか、よく声かけてくれるし。いいやつだな、って、思って」
「へえー」
「なんだよ」
「いや、俺は竹本のことそんなふうに思ったことねえなと思って。でもまあ言われてみりゃそうかもな。なるほどな」
「でもまあ、もういいんだ。竹本、どんな感じ? 俺のこと、嫌がってる?」
「いや。そういうのは全然。ただ、今まで通り普通にできるか心配してる。友だちだと思ってたやつから告白とかされるとさ、相手が女でも変に意識しちゃうことあるだろ」
「……そっか。そんならいいけど」
そう言ってるうちに、竹本が来た。よう、と軽く手を上げて、北井の隣に座る。郁見も、手を上げて返す。それから、いつものように雑談を始めた。
つき合いの長い北井から見れば、竹本がいつも通りにしようと意識してることが簡単に見てとれるが、そうでない人にはいつも通りにしかきっと見えない。それで、郁見も安心しているようだった。授業が終わって席を立つとき、郁見はなにげない調子で竹本に声をかけた。
「昨日、変なこと言ってごめんな。これからもよろしくな」
「……おう」
と、竹本は笑って答えた。少しぎこちなくはあったが、郁見に対して真摯な姿勢はちゃんと見えた、と北井は思う。
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