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 やっぱエロい。  と、北井は思う。  エロい顔、郁見がすんなら見てえなあ、と思っていたが、やっぱマジでとんでもなく、エロい。  目尻は赤いし頬も赤いし、瞳は潤んでいるし息は荒いし、唇はさっきからずっと半ばまで開いているし。  郁見の身体は敏感だった。北井が触れるところ全部、反応する。郁見の肌は滑らかで、吸いつくようにしっとりしていて、気持ちよくてつい、唇を這わせてしまう。そのたびに細い身体がうねる。  確かに、ちょっと痩せている気がする。北井は、竹本の言ったことを思い出す。全然気づかなかった自分を腹立たしくさえ思う。しかしそれが本当に、自分のせいだというのだろうか。  皮膚の下にある骨の感触を確かめるように脇腹を指先でたどると、郁見がくすぐったそうにする。押さえつけて胸の突起を舐めると、息を詰まらせた。 「やっ……、……ア……」  郁見が小さく漏らす声が、北井を煽る。舌先で転がすと、堪えるように首を振る。そんな中で垣間見た顔が、たまらなくエロかった。  誰にも見せたくねえなあ。  そう思って、開いた唇をふさぐ。郁見の腕が何かを求めるように伸び、北井の首をかき抱く。何度キスをしても足りない。北井がそう思うように、きっと郁見もそうなのだ。  深く口を合わせながら、郁見の身体の中心に手を伸ばす。そこはすでにきちんと形を成していて、北井が指を絡めると腰が跳ねた。郁見の口内を味わいながら、指と手の平で丹念に愛撫する。呼吸の合間にときおり漏れるかすかな声に、北井は理性を保つのに苦労する。こんなときに理性など気にしなくてもよさそうなものだが、なにしろ男を抱くのは初めてなもので、勝手がわからない。郁見がちゃんと快感を得られているか、気になってしょうがない。 「おい、なんかクリームみたいのあるか?」  充分に高まった状態で愛撫を止められ、郁見がぼうっとした顔で北井を見上げる。 「……保湿クリームなら、そこにあるけど」 「おまえ保湿クリームなんて使ってんの?」 「俺、冬場は肌が乾燥しやすくて。……でもそんなの、どうすんの?」 「それはだな」  クリームを指先にとり、北井は横向きにして抱き寄せた郁見の臀部に差し入れる。 「こうすんだよ」  北井の耳元で、郁見が聞いたことのない声をあげた。しがみつくように、北井の頭を抱きかかえる。クリームの保湿成分で、指先は難なく内部へ滑りこんだ。やわやわと動かすと、郁見の情けない声がする。 「……あ、あ、ちょっ、ま、……ア」 「痛いか?」 「だ、大丈夫、だけど、な、なんでそんなの、知ってんの」 「予習したからな」 「よ、予習、って」 「あれ、おまえもしかして知らねえの?」 「し、知るか、そんなの。したこと、ないのに」 「……したことねえの?」 「あるわけ、ないだろっ」 「竹本とは?」 「し、して、ない、……あ、あァ」  そうか。して、ないのか。  目の前の鎖骨に唇を寄せる。うっすらと汗ばんでいる。強く吸う。吐息が漏れ聞こえてくる。指を増やすと、郁見の声がいっそう切なげになる。  まだだ、もう少し。  北井は暴走しそうな身体を押さえるのに苦労した。初めてだというならなおさら、慎重にしなくてはいけない。そうは思っているのに、指先をしめつけてくる内壁の熱さに、北井のほうが先に参ってしまいそうだった。北井自身もまた、このうえなく昂っている。そろそろがまんがきかなくなりそうだ。 「もう、いいか?」 「……何、が?」  説明は省くことにした。それよりも、行動に移したほうが早い。  頭部に絡まった腕をほどき、優しく口づける。上向きにさせて覆いかぶさると、不安そうな郁見と目が合った。開いた脚の間に腰を入れると、頬を赤らめてよそを向く。  やっぱかわいいよなあ、こいつ。  エロくて、かわいい。マジで。 「じゃあ、いただきます」  一応きちんと、前置きをしてみた。  がっくりと脱力して目を閉じた郁見の、呆れたような声がする。 「……ほんと、バカだよな……」  お褒めに預かり光栄です。  北井はゆっくりと侵入を試みた。  そこからの、郁見のエロさは半端なかった。とても他のやつには見せられない、と北井は思う。自分一人で充分だ。  何しろようやく、俺だけのものになったのだから。  講義室の上段で、北井が竹本に相談している。  相談というより、無礼なお願いだ。 「そういうわけでさ、どっか割引のきくホテル紹介してくれよ。旅館でもいいぜ」 「そういうわけじゃねえよ。何デリカシーのないこと言ってんだ。誰に向かって頼んでやがる」 「ご、ごめん、竹本」  下段から、真っ赤になった郁見が申しわけなさそうな声で言う。郁見は悪くない、と竹本は思う。北井が失礼なやつなのである。  窓の外には大木となった花水木の淡いピンクの花が、風に吹かれて漂うように揺れている。三年に進学して、三人がそろって講義を受けられる回数はずいぶん減った。だから北井は、こうして顔を合わせたときに用件を済ませておく必要があった。 「そもそもさ」  内容が内容だけに、竹本は北井のほうへと顔を寄せて声をひそめる。 「なんでおまえらがエッチするための場所を俺が用意してやんなきゃなんねえんだよ。ふざけんなっつーの」 「だってよ、お互い実家だろ。全然するとこがねえんだもん。そりゃおまえはいいよ、葉子ちゃんが一人暮らしだからさ。やりたい放題じゃん」 「だから何だってんだよ。やりたきゃおまえが家を出ろ。一人で暮らせ」 「冷たいこと言うなよ。親友だろ」 「初めて聞いたぞ、その単語」  始めははらはらしていた郁見も、二人の会話を聞いているうちに思わず顔がほころんでしまった。相変わらず遠慮のない、気心の知れた言いようだ。いつ見ても、郁見は羨ましくなる。そばで見ているだけで、安らいだ気持ちになる。  つい最近、竹本に彼女ができた。同じゼミの一学年下で、北井と郁見も紹介された。意外にも彼女は気の強いずけずけと物を言うタイプで、年上の竹本にもまったく遠慮がなかった。ちょっと北井と似ている気が、郁見はする。案外そういうタイプが、竹本には合っているのかもしれない、と思う。 「わかったよ」  ついに根負けして、竹本が折れた。 「近くて、割引で安くなるとこな。いいとこがあったら教えてやるよ」 「さすが親友」 「だから嘘くせえっての」 「何が嘘くせえって?」  見知った友人の一人が寄ってくる。  こいつだよ、調子のいいことばっか言いやがってさ。と竹本が話をはぐらかす。そういうところが竹本は器用だ、と郁見は思う。  ちょうど一年前、郁見が好きだった人だ。  その隣で、北井はそ知らぬ顔をしている。そういうところが小憎らしい。  その小憎らしいのが、今、郁見の好きな人だ。  その小憎らしいのも、郁見のことを好きだと言う。  一年前の今頃には、想像もしなかった。こんな奇蹟があるなんて。  自分にはもったいないほど、幸福だと郁見は思う。  講義室に徐々に人が集まってきて、周囲がざわついてくる。  喧騒の中を、初夏の風が吹きぬけてゆく。

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