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第2話
「え…僕が通訳ですか?」
歩が出勤してすぐ「おーい宮坂くーん」と、
遠くから手をひらひらさせて社長の前園 が近づいてきた。
そしてひとこと、通訳の仕事決まったよと、
満面の笑みで言ったのだった。
「そう。宮坂くん、通訳の仕事やりたいって言ってたじゃない。それでね、派遣先はあの高級メンテナンスで有名なフォルスなんだよ。
超一流会社だよね」
白髪の癖毛をフワンフワンさせながら、興奮気味に前園はそう言った。
50歳になる前園は、いつも笑顔で温厚な性格だが、結構強引で、バイタリティ溢れる男である。そんな前園のギフトは『紹介』らしい。
前園は、自身のギフトを最大限活用し、人材派遣会社を設立したのである。歩はそこで働いていた。
「ギフトメンテナンスの超一流会社が、通訳を必要としているんですか?」
「そうなんだよねぇ。今回は通訳出来る人がいないって、フォルスの社長自ら僕に連絡があったんだよ。だから宮坂くん、君が適任だと思う」と、力強く、前園に肩をたたかれた。
ギフトは年に数回メンテナンスが必要であり、政府から義務付けされている。トラブルを未然に防ぎ、正常な状況が維持されるために、人々はギフトの定期的なメンテナンスを受けている。
メンテナンスを受け持つ会社は沢山あるので、自分に合った会社を選ぶことができる。
スピード感を重視し、数秒メンテナンスを売りにしている会社もあれば、宿泊し最高級のメンテナンス、超一流のサービスを提供している
会社もある。
フォルスは後者の超一流サービスを提供する会社であり、そのためお値段も一般人は手が出せないほど高いことを、歩も知っていた。
「フォルスで通訳が必要って、どこの国の言葉なんでしょうか」
超一流会社には、大抵通訳者が在籍しているため、今回のような依頼は意外だ。
「ブラン共和国の言葉だけど、宮坂くん出来たよね?」
確かに、ブラン共和国の言語を理解できる者は少ない。長年鎖国政策をとっていた国なので、ブランの人達は他国語を話すのは困難だろう。そのため、ブランの人達とコミュニケーションを取るためには、現地の言葉が必要だ。
歩であれば、多言語ギフトの持ち主であるので、どこの国の言葉でも理解でき、読み書きはもちろん、話をすることも出来る。
「出来ますけど…僕、翻訳メインなので通訳はやったことがありません。それと、あれが…あの症状が出てしまうかもと、不安が…あります」
歩が通訳業に踏み切れない理由は、他人との距離感であった。仕事で緊張した場合、あの帯電体質が出てしまい、職場に迷惑をかけてしまうことを恐れている。
「うーん。あれだよね。静電気みたいなパチパチした症状だっけ。不安な気持ちはわかるけど、やりたかった通訳じゃない。今日は挨拶だけだから、僕も一緒に行くよ」
「え?あの、今日ですか?これからフォルスに行くことになってます?もう決定してるんですか?」
急展開に、慌てる気持ちを抑えるのが精一杯だった。
「やりたいことを一歩踏み出すチャンスだよ。きっと大丈夫。挨拶終わったら、吾郎さんところに一緒に行こうか」
そう言って、前園は癖毛をフワフワとさせ慌ただしくまた去っていった。
(吾郎さんのところって、今日仕事終わったら行く予定だったんだけど)
歩の主治医である後藤吾郎は、前園からの紹介であった。吾郎が処方する薬によりかなり助けられていた。
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