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第3話
高層オフィスビルを下から見上げると、その大きさに圧倒され、飲み込まれ眩暈を起こしそうだった。
「ここの最上階がフォルスの社長室だって、すごいよね。実はここの社長さんとは知り合いなんだ。大きな仕事もらって嬉しいよ」と、鼻歌まじりにエレベーターホールへ歩いて行く前園 の後を、歩は追った。
「前園様、お待ちしておりました。社長秘書の吉川です。これからエレベーターで社長室にご案内します」
受付から吉川 と一緒に、シースルーエレベーターに乗り、3人で最上階まで上がることになった。
上昇するエレベーターで、ふと外を見ると、さっきまで飲み込まれそうになりながら見上げていた場所が見えた。
心と体の両方が緊張し固まりそうな感覚があった。
「失礼いたします。社長、前園様がお見えになりました」
ドアの向こうには、黒のスリーピーススーツをきっちり着こなしたイケメン長身の男がいた。均整のとれた体つきで、堂々たる風格を持っている。
「前園さん、ようこそ。早速ですが確認してもらいたい映像があるので見てもらえますか。それで、通訳者の方はどちらで」
無愛想だが、話し方には意志の強さを感じさせる。歩は以前、企業紹介の雑誌でその男の写真を見たことがあるのを思い出した。その写真よりはずっと若い気がした。30代中頃だろうか。
「はじめまして、通訳の宮坂歩 と申します。本日はよろしくお願いいたします」
緊張して声が震えた。
男は視線をそらさず、真っ直ぐに見てくる。顔は険しい表情に見えた。
値踏みをされているのだろうか。
「辻堂 社長、お久しぶりです。相変わらず眉目秀麗ですな」
ニコニコと笑いながら前園が、間に入ってくれた。
「ああ...失礼。辻堂伊織 と申します。
ブラン共和国との通訳を探していました。
ブラン共和国の現国王から映像が届いたので、まずはその映像を確認し、訳していただきたい」
「国王から直接ですか。それはまた肝要なことで」
さすがの前園にも緊張感が漂い、口元を引き締めた。
「前園さん、宮坂さんどうぞこちらにお掛けください」
秘書の吉川が用意された席につくように促した時に、緊張から足に力が入らず、歩は躓いてしまった。
「おっと、大丈夫でしょうか。あっつ...」
とっさに吉川が手を差し出したが、歩の身体には熱が入り始め、静電気のようなビリビリとした痛みが駆け巡る。その痛みを、熱を、触れた吉川も同じように感じただろう。
失敗したらどうしよう。
上手く出来るか不安。
それまで抑え込んでいた気持ちが漏れ始め、歩の身体は抱えていた症状が出てしまう。
止められない。
止まらない。
抑えようとしても抑えきれず、更に状況は悪化していく。
「宮坂くん、落ち着いて。吾郎さんからの頓服ある?飲む?」
前園が語りかけてくれる言葉も遠くに聞こえてきた。
眩暈がする。意識がなくなりそう。
身体が熱い、痛い。誰も触らないで欲しい。
痛みを与え、傷つけてしまうから。
痛い思いはして欲しくない。
ごめんなさい。
面倒かけてばかりだ。
頑張ろうとしても身体が追い付いてくれない。
「大丈夫だ」
意識がなくなりかけていた途中に
どこからか声が聞こえた。
聞こえたような気がするだけかもしれない。
僕に触れたら痛みが伝わってしまう。
みんなに危害をかけてしまう。
でも…何だか…楽になってきたかもしれない。なんだろう。心地いい。痛みが薄らいでいく。この冷んやりとした感触は何?
誰かに触られてる?撫でられてる?
なんとなくそんな感覚がする。
ダメだよ。傷つけてしまうから、
僕から離れて。お願い。
でも、不思議。気持ちがいい…
歩はそのまま意識を手ばしてしまった。
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