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第2話

 友矢との出会いは小学校入学前に遡る。  俺の引っ越し先が、友矢の家の近くだった。初めて会った時、俺は全力で人見知りをかましていたのだが、同い年の息子がいるなんてー、って感じで、親同士はすぐ仲良くなった。もちろん友矢とは同じ小学校で、登校する時は6年間+中学校3年間が一緒で、たまにクラスも同じになったから、なんだかんだ友矢とはずっと一緒に居た。  友矢の周りにはたくさん人が集まる。明るくて元気で、ちょっと、いや、かなりバカだけどノリが良くて、そんな面白い奴は周りも放っておかないだろう。俺は人見知りだし、あまり喋る方じゃなかったから、それを遠巻きに見ている事の方が多かったかもしれない。  でも友矢は、最初と最後は必ず俺の所に来てくれた。  例えば学校行事で二人ペアを作る時とか、課題が終わらなくて泣きつく時とか、卒業式の日に最後に撮るツーショットとか。そういう特別を、友矢は必ず俺にくれた。  オマエ、イチバンタヨリガイガアル、イッショニイルトオモシロイ、なんて、友矢以外から言われたことのない言葉と一緒に、友矢はいつも隣で笑ってくれた。俺はそんなぬるま湯みたいな関係が、ずっと心地よかった。  そのぬるま湯が、いつのまにかじわじわ沸騰し始めていて。そして今では、なんかちょっとだけドロドロした奴に変わってる。これがいつから変わっていったのかはよく覚えてないけれど。  でも、わざわざ同じ高校を選んで、その入学数日で告白までキメちまって、尚且つ成就? しちゃったんだから、人生何が起きるかわかんねーよな、ほんと。  ここまで他人事みたいに今までを振り返ってみたけど、ぶっちゃけ俺の話だという実感はない。あのアホみたいなやりとりから数日が経っているなか、ちゃんと恋人関係は続いている。が、関係が明確に変わったかと言われたら、答えはノーだ。 「おーーっす!!」 「おー」  今朝も、いつもと同じ場所で待ち合わせをしてから学校に行く。これも今までと同じ、10年目のルーチンだ。 「なぁなぁ! 今日って部活何時に終わる!? いつも通りなら帰りにガット見に行きてーんだけど!」 「大丈夫。いーよ。片付けあるかもしれねーから、どっかで待ってて」 「よっしゃ! さんきゅー!!」  ついでに一緒に帰る約束と、放課後の予定を合わせた。俺と友矢は部活が違うから、だいたいは待ち合わせて帰っている。これも中学の時から変わってないやり取りだ。けれども。  ……俺たちって恋人だから、放課後デートって呼んでもいいんだよな? 普通に考えたらそうなるよな?  いや、やってることは今までと変わってねーけど、そういう関係なんだから、客観的に見たらそういう事なんだと思う。本当に実感はないけど。  俺たちに恋人のコの字も出なければ、好きのスの字もない。本当に今までの延長だ。もはや関係が変わった数日前のやり取りを、友矢が忘れて無かった事になってる説すらある。……マジで?  さすがにそこまでバカとは思いたくないけれど、俺の口から「俺たち恋人なんだから〜」とか言える訳がない。どうせ友矢が我に返った瞬間にこの関係に終止符だ。だったら現状維持。俺は今までそうやって生きてきた。  恋人っぽいことは何一つできてないけど、正直言って俺はメチャクチャ楽しい。本当に。  既成事実って最高だよな。  ああ、でも。  恋人っぽいことに一つカウントできることと言えば、俺は昼休みに友矢の教室へ会いに行くようになった。  高校1年生になって、友矢とはガッツリクラスが離れてしまった。だから昼休みくらいは顔を見に行こうと、俺は昼飯を片手にわざわざ教室まで毎日出向いている。  友矢も友矢で、他クラスの俺が現れることに何の疑問も抱かないのか、そのまま屋上なり空き教室なり、しれっと二人で抜けた。朝と放課後以外で友矢とまともに二人で話せる時間だ。そこでも、授業の進度とか、ゲームの話とか、他愛のない会話をして終わるけれど。  俺はチャイムとほぼ同時にクラスから消えるため、周りからは何も言われないけれど(あと認識されてない可能性もある)友矢のクラスの奴は俺をどう思っているのだろうか。友矢はよく授業終わりも友達と話しているけど、俺が現れるとさも当然のように友矢は話の輪から抜け出す。  でもさ、俺たちは恋人だから、このくらいの独占はやってもいいだろ。って、俺は思ってたりもする。これが悦に浸るってやつだ。  その日も、俺は友矢の教室にふらっと行ったものの、友矢の姿が教室になかった。そういえば、朝、購買に行くとか何とか言ってたかもしれない。活気のない教室を見てから思い出した。すると、友矢の前の席に座ってる男子が「おー!」と、俺に向かって手を振っていた。 「九条なら購買行ったぞー!!」  教室中に響く声でそう叫ばれたから、俺はぎこちなくお辞儀をして廊下に退散する。クラスの連中は何も気にしてないらしい。友矢がクラスの中心グループにいるからこそ、こんなに雑な扱いをされても容認されるのだろう。友矢はいつでもそういう奴だ。  そして。 「あの……大門くん、だよね?」  ぼーっと廊下の壁際に立っていたら、斜め下から知らない女子に話しかけられた。不意打ちでちょっとびっくりした。 「おお」 「大門くんって、九条と仲良いんだね……あの、幼馴染って聞いたけど」 「あー、うん、そう」  長い黒髪を流した、大人しそうな女子だった。名前はもちろん知らない。廊下の向こうの影からすごい視線を感じるから、恐らくこのやり取りは彼女の友達に見守られてるんだと思う。……なんでそんな面倒なことすんのかな。 「私、九条と同じクラスなんだけど、実はずっと大門くんと話してみたくて」 「え」 「良かったら、今日のお昼とか、一緒に」 「どりゃー!! ライダーキック!!」  突如、横腹に衝撃。  ガハッて、漫画みたいな悲鳴が出た。  こんなことする奴は一人しか知らない。友矢クンだ。廊下でちゃんと助走をつけて、俺に本気の飛び蹴りを喰らわせに来たらしい。 「はぁ?」  あまりの衝撃に俺は倒れたし、目の前にいた女子は引き攣った顔してるし、その辺に居た男子はゲラゲラ笑い転げている。なんだこれ? なんで蹴られたんだ俺?  混乱しかない。稀によくある事だけど。で、俺を蹴り飛ばした本人はというと、なぜか満足そうな顔で俺を見下ろしていた。 「体育で習った」 「バカじゃねーの?」  よろけながらもとりあえず立ち上がって、ついでに手に持っていたビニール袋の中身を確認する。今日はおにぎりで良かった。潰れていてもなんとかなる。が、プリン。そうだ。プリンが入ってんじゃねーか! 「友矢てめープリン買ってこい。今ので崩れた」 「えー? もう時間ないじゃん! 後でいい?」 「ダメだ。行くぞ」 「えー」  半ば引き摺るようにして、俺は友矢を再び購買へ連れてゆく。横腹は痛いが背に……いや、プリンに腹は変えられない。コイツの珍行動はいつものことだから、今回はプリンで手を打ってやろうと思う。  結局、その日の昼飯は胃にかき込むようにして平らげた。崩れたプリンは友矢にやったが、うまいうまい! と、何も気にせず食っていた。  ただ、帰ったら普通に脇腹付近に青あざができててめちゃくちゃグロかった。恋人に暴力振るうってアリだと思うか? ……うーん。やっぱり友矢との関係の進展って、すげー険しい道のりなのかもしれない。

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