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第5話

 ふあ、と、隣で友矢が大きな欠伸をした。今日もいつも通りの時間に待ち合わせをして学校へ向かっているはずなのだが、最近の友矢はずっとこの調子だ。 「眠そうだな」 「んー……」  俺の言葉にも、目をこすりながら相槌を打つだけで、俺は思わず眉を寄せる。今日はいつにも増して眠いらしい。  大方、バイトが大変なんだろう。しかも今は期末テスト前だ。いつもテキトーな勉強でギリギリ赤点にならないラインをくぐり抜けている友矢だが、今回はさすがに俺も心配になる。 「おい、大丈夫かお前。もうすぐ期末だけど。授業中は起きてんだろうな」 「んー……だいたい……多分……」 「……物理の範囲、増えたらしいぜ」 「エッ!?」  あ、起きた。 「物理あんの!?」  目を白黒とさせながら叫んだその一言に、俺は思わずため息を吐いてしまう。あーあ。やっぱりな。 「あーあ」 「ま、待ってくれ! やべえ! それはやべえ!」 「まぁ、公式覚えればどうにかなるだろ」 「なるか!? 残り3日でどうにかなんのか!?」 「お前の頑張り次第だな」  ここで余談だけど、勉強に関して言えば、友矢は短期集中爆発型で、俺は地道にコツコツ積み立て型だ。だから俺はテスト前にちょっと多めに勉強するだけで乗り越えられるタイプで、成績は平均より上辺りをキープしている。可もなく不可もなく、側から見たらクソ真面目タイプって言われる面白味のない奴。  逆に友矢は爆発的詰め込み型だから、いざという時の集中力はすごい。教科によっては上位グループに入る事もあるし、俺は本気を出した友矢に負ける事もある。まぁ、そんな事は滅多にないレア中のレアケースなんだけどな。余談終わり。 「……あ、あの〜、ブツリの、コツ、とかって〜……」  友矢が情けない声を出しながらチラリと俺の顔を伺ってくる。その様子は見慣れた物だけど、実は俺の好きな友矢の顔ベスト3に入るくらいには可愛いと思っている。いかにも助けてくださいって顔に書いてあるようで、それを俺だけに向けてくるからすげー優越感っていうか、支配感っていうか。  なんて言葉はもちろん口に出さない代わりに、俺はため息を一つ溢した。 「しょーがねぇなぁ」 「ヤッター!! マジでありがとう! 後でなんか奢るわ!!」 「いらねーよ別に」  恋人なんだから、それくらい当然だろ。 「そ、そうか? よし! 俺、頑張る!」 「おー頑張れ。じゃあ夜、俺の部屋な」 「え」 「親遅いから誰もいねぇし、夕飯買って帰ろうぜ」  俺がそこまで言うと、なぜか友矢の反応が悪くなっている事に気づいた。反射的に横を向けば、友矢は、唇を尖らせながら眉を顰めてどこかを睨むという、変な顔をしていた。え? 「……は? なに、その顔」 「べ、べつに」  あまり見たことがない表情だし、なんとなく不機嫌そうな気配がした。というか、あからさまに嫌ですって顔に出てるような……はぁ?  家で勉強会なんて、前はよくやっていた事だ。友矢には友矢のペースがあるから、今回みたいなどうしようもない事態に陥った時だけだけど。俺はよく友矢の家庭教師になっていた気がする。  人に物を教えるのが得意かと言われたら、まず話すことが好きじゃないから、自分では苦手な部類だと思っている。でも友矢は別だ。些細なことでも、頼られたり一緒に居られるのは嬉しい。  でもさっきの反応は、ちょっと良く分からなかった。正直言って、あんな顔は初めて見た。  家に呼ぶと、いつも両手を上げて喜んでるくせに。なんで。  俺と二人になるの、嫌になった、とか。  そこまで考えてから思わず頭を振ってしまった。いや、俺達これでも恋人だぞ。いくらなんでもマイナス思考すぎないか。でも、友矢のあんな嫌そうな顔は、本当に初めて見た訳で。  ……最近、俺はバイトの話を友矢から聞いていない。その話題を俺が意図的に避けてしまっているからだ。  俺の知らない友矢は実際に存在している。だってこんな寝不足になるくらい夢中になっているんだ。俺の知らないところで、友矢に何か変化が起きていたとしても、おかしくはないだろう。  それはすごく、怖いな。  ほんの少しの違和感を感じたまま、気づいたら学校に着いてしまった。またな、って笑って別れたけど、俺はうまく笑えていたかどうか、全く自信がなかった。  そんなモヤモヤを抱えたままの昼休みで、さらに事件は起こった。  俺がいつもどおり、昼飯を片手に教室を覗くと、友矢の前の席に座っている男子……木島クンが何やら俺に手招きしていた。  俺は色々と視線を感じながらもクラスに入って、友矢の席に近づく。友矢はちゃんと席に居た、けれども。 「九条、すげー寝てるぞ」 「……あー」  友矢は机に突っ伏したままピクリとも動かない。  授業中からそうだったのか、はたまた授業が終わってからかは分からないけれど、とりあえず今はすごくグッスリ寝ている。 「コイツ、ツンツンしても全然起きねえの、すごくね?」 「寝汚ねぇからな」 「ギャハハ! 寝汚いって!」  木島クンが騒いでも起きないらしい。……朝から眠そうだったし、仕方ないか。 「なぁ、木島……悪いんだけどさ」 「お?」 「5分前になったら、無理やりコイツの口に飯突っ込んでやってくれない?」 「お、おおう……」  見るからに木島クンは昼休み中も席から動かないと見た。かなり驚いた顔をしているが、俺はそれに気づかなかったフリをしてさっさと踵を返す。もしかしたら友矢も自然と起きるかもしれねぇし、任せても大丈夫だろう。  友矢が起きるまで、俺がその場で待ってても良かったけど、たまにはいいだろ。たまには。……朝の一件に傷ついたとか、そういうんじゃねぇけど。  なんて、たまにはいいだろの精神で、昼休みも放課後も友矢と会わないで過ごしていたら。 「……」  放課後、友矢はしっかり俺のことを待っていた。弓道場のすぐそばで。しかもなぜか、仁王立ちをして。

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