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第25話GWの予定

 その日の夜。  アルバイトを終えて俺は、奏さんとの待ち合わせ場所である駅前に来ていた。  時刻は夜の九時半。駅から少し行くと飲み屋街がある為、酔っ払いや客待ちのタクシーの姿が多く見られた。  俺は耳にイヤホンをつけて、足早に待ち合わせ場所に行くと、すぐに白いパーカーを羽織った奏さんを見つけた。  彼は俺に気が付くと手を振る。  奏さんの顔を見て、俺はほっとした。蒼也じゃなくて、奏さんと日々を過ごせることに安心感を覚えてしまう。  今まで俺は、自分の力と蒼也の存在に怯え続けて普通の生活なんて送ってこられなかった。  こうして誰かと待ち合わせたりとか、ご飯を食べに行くとか。  こんなに心を弾ませることもなかったから、不思議な気持ちだった。  奏さんと出会って、三週間くらいだ。まだそれしか経っていないのに、こんな風になるとは思わなかった。  俺は、奏さんに小走りに近づいて言った。 「お待たせしました」 「お疲れ様、緋彩」  と言い、奏さんは微笑む。  時間も時間なのでやっているお店は居酒屋とかファミレスくらいしかなく、駅から少し離れた所にあるファミレスで夕食を済ませた。  レストランを出ると二十三時近くになっていた。  奏さんと話をしながら、酔っ払いが行き交う駅前の通りを歩く。  俺の中で、帰りたい気持ちと帰りたくない気持ちがせめぎ合っていた。  でも……明日、講義で使うものが家だしな…… 「……ろ。緋彩?」 「え、あ、はい」  いつの間にか俺は歩きながら黙り込んでしまっていたらしい。  奏さんの方を見ると、彼は立ち止まり首を傾げて俺の顔を覗き込む。 「緋彩、哀しそうな顔をして黙り込むことあるけど、何を考えてるの?」 「そ、それは……」  指摘されて、俺は視線を泳がせてしまう。  言われてみれば確かにそうだ。  考えていることは蒼也の事が多い。  けれど今考えていることは……  やばい、顔が熱い。  恥ずかしさに俺は奏さんから視線を外し、俯いてしまう。  一緒にいたい。できたらもっと。  俺はしばらく考えた後、ぎゅっと拳を握りしめて、小さく震えながら顔を上げて言った。 「あ……あの……帰らなくちゃいけないけど……でも、帰りたくなくって。でも、明日の事を考えたら……帰るのが一番なんですけど」  一言、帰りたくないと言えばいいんだろうけれど、俺は本心を誤魔化すためにぐだぐだと言葉を並べ立ててしまう。  奏さんを見ると、彼は下に視線を向け、しばらく黙り込んだ後、顔を上げて微笑んで言った。 「ねえ、緋彩。金曜日からゴールデンウィーク、だよね?」 「あ、はい」 「次のバイトはいつ?」 「えーと、日曜日、です」 「明日、車出すから荷物運んで、うちにしばらく泊まる?」  奏さんの家に、ゴールデンウィーク中泊まれる、ってこと?  その嬉しくも戸惑う申し出に、俺は何と言っていいかわからず真っ赤になって呻いた。 「え……あ……」  どうしよう。  その申し出は嬉しい。たぶん、人生の中でトップクラスに嬉しい誘いじゃないだろうか。   「で、でも……迷惑じゃあ……」 「ねえ緋彩」  俺の名を呼び、奏さんは俺の左手をそっと掴む。  思わずひきそうになったけれど、なんとか耐えて俺はされるがままに手を握られた。 「僕は君とずっといたいよ。閉じ込めたいくらいに。でも、君は囲われるのが当たり前なオメガじゃないから、そんなことしたら心を病んでしまうだろうし……でも、期間を決めれば大丈夫かなって思って」 「期間……」 「そう。二十九日から、えーと……五月八日が日曜日、かな。その日まで、うちに住むのならどうかなって思った……」 「お願いします」  俺は奏さんが言いきる前に、手を握り返して言った。 「去年、ゴールデンウィークに蒼也は毎日来て俺を……」  そこで俺は言葉を切り、黙り込んでしまう。  思い出したくない記憶。  蒼也は俺への負担なんて考えもせず毎日来て、中に……出したから。  思い出すだけで身体が震えてしまう。  それに気が付いたらしい奏さんは、手を離した後ふわり、と身体を抱きしめてきた。  思わず身体が強張るけれど、力が抜ける感覚に俺は思わず声を漏らす。 「あ……」 「それなら余計に、あの家に起きておきたくないなあ。できたらもっと広い部屋に引っ越して君をそのまま閉じ込めたい」  閉じ込めたいと言われて嬉しいはずないのに、俺の心は喜びで満たされていく。  誰かに望まれるのって、こんなに嬉しいことなのか。  蒼也は何度も俺を抱いて、俺の心も壊してきた。  ……このままずっと、奏さんといられたらいいのに。  俺は震える腕を何とかあげて奏さんの背中に回し、小さく呟く。 「俺も……できたらずっと、奏さんの所に、いたい、です」  俺にとって安全な場所は、奏さんの所だけだから。 「そう言ってもらえて嬉しいよ。できたら僕もいっしょに住まわせたいけれど、すぐには無理だろうから……ねえ、緋彩。本気で一緒に暮らすこと、考えてもいいの?」  真面目な顔でまっすぐに見つめられ、俺は一瞬迷ったけれど、頷いて言った。 「す、すぐには無理だけど……でも、一緒に住めたら……俺は……嬉しいから……」  震える声で言いながら俺は真っ赤になって俯く。  言っちゃった。  一緒に住めたら嬉しいって。  奏さんの、俺を抱きしめる腕に力がこもる。   「よかった。断られたらどうしようかと思った」 「こ……断るわけないです。だって……俺、本当に、奏さんといたい、から……」  すると奏さんは嬉しそうに俺の額に口づけて、 「楽しみだね」  と言った。

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