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第3話

次の日、冬哉は午前中で終わった大学を後にし、ありんことの待ち合わせ場所に向かった。冬哉が指定したその場所は、スイーツが美味しい喫茶店だ。店の前で待っている、とメッセージが来ていて、冬哉はすぐにありんこらしき人物を見つける。 遠目に見てもその人は背が高く、冬哉はやはりその人に釘付けになってしまった。 目が隠れるほどの長い髪はくせっ毛でうねうねしていたが、その下にある顔はとても整っていると直感が訴える。いかにも研究者らしい細い体躯は少し猫背で、片手でスマホを持ってそれをじっと眺めていた。 (この人が、僕の恋人候補……) 大当たりだ、と冬哉は思う。やはり自分の勘は、自分にも働くらしい。冬哉は決意する。 この人を必ず落とす、と。 すると彼の切れ長の目がこちらに向いた。冬哉は満面の笑みを作り、彼の元へ行く。 「こんにちは。あなたがありんこさんですか?」 「……はい。…………木村さん?」 ありんこの声は低く、この会話だけでもいい声だな、と思う。緊張しているのか言葉は少なめだが、それは慣れればもっと色んな話ができるだろう。 「はい。冬哉って呼んでください」 中に入りましょう、と促すと、ありんこはドアを開けてくれる。すかさずありがとう、と飛び切りの笑顔を見せると、彼は表情も変えず、うん、と言うだけだった。 (んん? あれ? ……少しイメージと違うなぁ) メッセージで会話した時のありんこは、人当たりのいい爽やかな人だった。しかしここにいるありんこは、無愛想ではないものの、冬哉の笑顔につられることもなく、無表情でいる。大抵の人は冬哉が笑顔を見せると、つられて笑ったり、ドギマギしたりするけれど、ありんこは一切反応がない。しかし冬哉の心臓は嬉しそうに跳ねていて、ありんこと一緒に過ごす事を喜んでいるようだった。 「……何だか、緊張しますねっ」 案内された席に着くと、冬哉はホットのソイラテとチョコレートケーキを、ありんこはホットコーヒーを注文する。 「ところで、なんてお呼びすれば良いですか?」 ここまで来ても、彼はずっと無表情だ。しかし冬哉は、そんな彼を見つめるだけで楽しいと感じてしまう。 「……#秀__しゅう__#」 やはり低く落ち着いた声でそう答えた彼は、感情が見えない視線で冬哉をじっと見ていた。 「秀くん? 改めて、よろしくお願いします」 冬哉が深々と頭を下げると、秀も軽く頷いた。どうやらコミュニケーションを取る気はあるらしいので、冬哉は微笑みかける。しかしやはり彼の表情は変わらず、戸惑ってしまった。 「あの、……緊張してます?」 「……少し」 「……ふふっ、一緒だっ」 冬哉はまた笑うと、秀は軽く頷く。それなら、と冬哉は話をリードする事にした。 「今日は大学からここに来たんですか?」 「……うん」 「午前中は大学で何してたんです?」 「……教授の手伝い」 「教授の手伝い?」 「……うん」 冬哉は話を広げようと頑張って見るものの、秀は、はいかいいえか単語でしか返さない。アプリではあれだけ話が弾んでいたのに、と戸惑っていると、秀は運ばれてきたコーヒーをすすった。 「……タメ口で良い」 「えっ?」 ボソリと呟いた声と、その内容に驚いて思わず聞き返すと、変わらず秀は冬哉をじっと見ている。 「……タメ口で」 意味を理解した冬哉は、自分の顔がカッと熱くなるのを感じた。 「あ、ああ! タメ口で良いの? じゃあそうするっ」 何故照れてるんだ、と冬哉は誤魔化すように、ソイラテを口にする。しかしそれは思ったより熱く、舌に刺すような痛みが走った。 「あっつ!」 「大丈夫?」 秀がそっと水を差し出してくれる。ありがとう、とそれを口に含むと、大した事はなかったらしい、すぐに痛みは引いていった。普段はやらないような失態に恥ずかしくなり、冬哉は笑って誤魔化した。 「秀くんは、苗字はなんていうの?」 気を取り直して質問すると、秀は答えてくれた。彼の苗字は#畔柳__くろやなぎ__#と言うらしい。歳は二十二で、アプリに載っていた情報と一致していた。やはりこの人がありんこで間違いないらしい。 「あ、そう言えば誕生日一緒の日なんだねっ。僕勝手に親近感湧いちゃったんだー」 「……俺も」 「……っ」 冬哉はまたしても、秀の落ち着いた声とその返事に動揺する。何でだろう? どうしてこんなに調子が狂うのだろう、とまたソイラテをすすると、沈黙がおりる。 いつもなら、もっと余裕で上目遣いをしたり、可愛い笑顔を作れるのに、それが上手くできない。会話は弾んでるとは言い難いのに、冬哉の心は焦るばかりで何を話したら良いのか分からなくなる。 「そ、そうだっ。そもそもどうしてアプリに登録したの?」 メッセージだとスラスラ会話ができるのに、会ってみるとほとんど喋らない。典型的なコミュ障なのは分かった。なら、どうして友達を募るアプリで、いきなり会おうなどと言ってきたのか。 「……家と、大学の往復で飽きたんだ」 冬哉はその言葉を聞いて、心臓が跳ね上がった。 自分と同じだ、と思うのと同時に、何故かこの言葉でこの人が好きだ、と拳を強く握りしめて思う。 どうしてこんなにもこの人に惹かれてしまうのだろう、と冬哉はこっそり深呼吸した。こんな、会って間もない人なのに。 そして、やっぱり絶対落としてやる、と心に決める。 「そっか。じゃあ、これからもこうやって時々会おうよ」 「……うん」 肯定の返事がきて、冬哉はニッコリ笑った。大丈夫、落ち着けばいつも通り話せるし、いつも通り振る舞える。 「……甘いもの、好きなのか?」 静かな声で尋ねてくる秀は、やはり感情の読めない表情をしているけれど、話の内容で冬哉に興味を持ってくれているのが分かる。そこはアプリを通して感じた事と同じだし、それだけで思わずにやけてしまうほど嬉しい。 「うん。秀くんは?」 「俺も好き」 冬哉は内心、彼の好きという言葉の響きに悶えながら、ここのスイーツ美味しいんだよー、とチョコレートケーキをひと口食べた。 「注文しなくて良かった?」 「……来る前に、教授からシュークリーム貰って食べた」 だからもう食べれない、という秀に、冬哉は無表情でシュークリームにかぶりつく彼を想像して笑えた。それだったら、もっと違う場所にしたのに、と冬哉は言うと、彼はそっと目を伏せる。その長い前髪で隠れた目がもっと見たいと思って、下から覗き込むようにして見ると、気付いた彼は何? と冬哉をじっと見つめた。 「んーん? 秀くんって、髪の毛切ったら爽やかイケメンだなーって」 「……そうか」 (うーん、やっぱり反応が無いなぁ) これが他の人なら、照れるなり嫌悪するなり何かしらの反応があるのに、秀はやはり眉ひとつ動かさない。それでも焦ってはだめか、と冬哉はニコッと笑った。 その後いくつか互いの事を話して、二人はお開きにする。 帰り際、またねと冬哉が言ったら彼は頷いただけだった。

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