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第7話
週末、冬哉は駅で秀を見つけると、前と同じように深呼吸をしてから、駆け寄って腰に抱きつく。
「しゅーうくんっ」
秀はその勢いに一瞬よろけたものの、やっぱり無表情で冬哉を見た。えへへ、と笑って冬哉は離れると、待った? と聞く。
「……待ってない」
「そっか、良かったっ」
今日はそのまま秀の腕にしがみついてみる。そしてそのまま歩き出すけれど、秀は嫌がらないし、やはり表情は変わらない。なのでくっついていることにした。
これから行くのは映画館だ。駅の近くにあるショッピングモールに入っているので、映画を観た後も楽しめるしと冬哉はそこを選んだ。
冬哉の服装はまた女の子っぽい格好で、こうやって腕に絡んで歩いていれば、カップルに見えないこともない。もちろん冬哉はそれを狙っていた。
冬哉は秀を見上げる。
「秀くんはカッコイイよね~。モテるでしょ?」
改めて見ると彼は本当に背が高い。一八〇センチは軽くあるだろう長身と、冬哉とでは二十センチは身長差がある。
「……いや」
彼は真っ直ぐ前を見ながら答えた。冬哉はえー? と声を上げる。
「嘘だぁ、こんなに背が高くてカッコイイのに?」
付き合った事は無いの? と聞くと、秀はない、とだけ答える。表情はやっぱり変化はなく、それでも質問には答えてくれるので、もっと聞いてみることにした。
「秀くんはどんな子が好きなの? 可愛い系? 綺麗系?」
あ、それともカッコイイ系かな、とクスクス笑いながら言うと、秀は別に、と答えた。冬哉はドキドキする心臓をなだめながら、本当に聞きたかったことを聞いてみる。
「えー? 僕は秀くんのこと、好きだけどなぁ。みんな見る目ないよねー。……あっ」
冬哉はわざと、今気付いたかのように秀の腕から離れた。
「ごめん、こんな事してたら変に思われるよね。僕、人との距離が近いみたいで……恋人とかに間違われたらどうしよ……」
嫌だった? と上目遣いで秀を見る。しかし彼の視線は前に注がれたままで、もちろん表情も変わらない。反応が無いのが怖くなって、もう一度秀くん? と言うと、彼は一つまばたきをして、こう答えた。
「……どうでもいい」
「……」
それは恋人に間違えられる事がどうでもいいと思っているのか、冬哉がベタベタするのをどうでもいいと思っているのか、どっちだろう、と冬哉は思う。
(分からない……!)
せっかく勇気を出したのに、と落ち込んでいると、不意に腕を掴まれぐい、と引かれた。何? と思っていると、自転車が冬哉の横をかなりの速さで通っていく。
「あ……あぶなー……」
冬哉は思ったよりも力強い秀の腕にドキドキしながらそう言うと、秀は手を離した。ありがとう、とお礼を言うと、秀はいや、とまた歩き出す。長い足でスタスタと歩いて行くので、冬哉はついていくのに必死だ。
(ああもう、どうして自分のペースで歩くかなぁ!?)
冬哉は少しイライラしながら、待ってよ! と追いかけた。すると秀は先を歩いていた事に気付いたらしい、止まって冬哉を待ってくれる。
「秀くんは足が長いから良いけど……僕はそんなに早く歩けないよっ」
追いついてそう文句を言うと、彼はごめん、と素直に謝ってきた。冬哉は右手を出す。
「……手、繋いで。これだったら同じペースで歩けるでしょ?」
少し怒ったように、口を尖らせて言う。しかし内心、緊張で目眩がしそうだった。睨むように秀を見上げると、彼は分かった、と冬哉の手を取る。
手を繋いで歩き出すと、冬哉は秀に気付かれないように息を吐き出した。そして、手を繋いでくれた事にこれ以上ない喜びを感じて、顔が熱くなる。
(……手、大きいなぁ)
繋いだ手の大きさや、節々のゴツゴツした感じをそっと観察する。この手が自分に触れてくれたらと考えて、そのやましさに恥ずかしくなった。
そんな事を考えているうちに映画館に着く。周りが自分たちの事を気にしているようだけど、秀は気にしていないようだし、冬哉も気にしないことにした。
飲み物を買って中に入ると、人はそんなにいなかった。公開されてしばらく経った作品なので仕方がないか、と冬哉は席に座る。
「秀くんは、映画観る?」
「……いや」
「じゃあ、虫が地球を侵略するって内容だったら、観る?」
「観る」
やっぱり、と冬哉は笑う。虫の話になると即答だね、と笑い、そしてその妄想話を広げるのだ。
「何の虫が良いかなぁ? 蜂とか?」
「種類にもよる。オオスズメバチとかアフリカミツバチなら、獰猛なことで有名だ」
しかし秀は、待てよ、と考え込み、蟻もいいな、と独り言を呟いている。そしてそのままブツブツと独り言を言い始めた。本当に蟻が好きなのは分かるけれど、冬哉は置いてきぼりだ。
冬哉はそんな秀に思い切って話し掛けてみる。
「そう言えば、音楽にも虫をモチーフにした曲があるんだよ。知ってる?」
すると秀は冬哉の方を向いた。冬哉はニッコリ笑う。どうやら興味を引くことに成功したようだ。
「有名なのは……リムスキー=コルサコフの『熊蜂の飛行』とかかなぁ?」
「知らない」
「知らない? なら今度家に来て聞いてみる?」
「うん」
やはり秀は、虫のことになると即答する。冬哉の得意分野と合わせれば、冬哉も退屈しない。他にも色んな曲があるから、それも紹介するね、と言ったら、分かった、と秀は目を伏せた。
そこで照明が落ちる。さすがにお喋りはできないので、二人とも黙ってスクリーンを眺めた。映画の内容は、アクションあり、ラブロマンスありの外画だ。冬哉は少し、ラブロマンスの部分で秀の意見が聞けるかなと思ってこの映画を選んだ。しかし映画が始まってしばらくして、冬哉は横目で彼を見るとーー彼は寝ているのだ。
(寝てるし! 可愛いけど!)
冬哉は文句を言いたいやら、その穏やかな寝顔を眺めていたいやらで全然映画に集中できない。
結局、秀はエンドロールが終わり、客電が明るくなるまで寝ていた。
静かに目を開けた秀は、冬哉を見ると身体を起こす。
「……ごめん」
冬哉は苦笑した。
「いいよ。……疲れてた?」
「……」
何故か秀は何も言わない。言い訳ぐらいしてよと思うけれど、とりあえず外に出ようと促す。
もちろん、手を繋いで映画館を出た。
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