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第10話

次の週の週末、冬哉はまた秀と駅で待ち合わせをした。一気に気温が下がったので慌ててアウターを出して出掛けたけれど、どうも寒気が治まらない。 「しゅーうくんっ」 またいつものように、スマホを眺めて待っていた秀に抱きつくと、彼はやはりいつもの表情で冬哉を迎えた。そのまま自然に手を繋ぐと、彼の冷たく冷えた手が心地よくて、思わず笑う。 「手、冷たいね。冷えちゃった? 待たせちゃったかな?」 確か時間通りに来たはず、と冬哉は思っていると、彼はじっと冬哉を見つめ、手を強く握った。 思いがけないその行動に冬哉はドキッとすると、秀は改札とは反対方向を見て言う。 「……帰ろう」 「えっ?」 すると秀は有無を言わさず、冬哉が今来た方向に歩き出す。 「え? ちょっと? スイーツ食べに行くんでしょっ?」 慌てる冬哉を無視して、秀は手を引っ張り歩いて行く。どうして、と立ち止まろうとするけれど、彼は聞いてくれない。信号待ちでやっと止まったかと思えば、秀は手のひらを冬哉の額に当てた。 「……っ」 悪寒の正体を見破られたと思うのと同時に、秀から触れてきた事に対して身構える。それでも前髪から覗く瞳は無感情に見えて、冬哉はすぐに視線を逸らした。 「……無茶はして欲しくない」 送るから、と言われて、冬哉は嫌だ、と小さく呟く。 「楽しみに……してたのに……」 「……また今度行けばいい」 「……」 冬哉は秀のまた今度という言葉に、嬉しくなるけれど、今日のデートが流れてしまったことをとても残念に思った。 再び歩き出した秀はやはり無言で無表情だけど、手はしっかり繋いでいてくれる。まるで冬哉の希望を汲んだかのように。 そのまま手を繋いで自宅に帰ってくると、やっぱり離れがたくなってしまってギュッと手を握った。 「……上がってもいいか?」 「……うん」 すると秀の方からそう申し出てくれる。嬉しくて顔が熱くなるのが分かった。そのままリビングのソファーに座り、秀も隣に座らせると、熱が出てフラフラしたように見せかけ秀の身体にもたれかかる。 「コート、脱がないと」 秀の言葉に冬哉は素直にコートを脱ぐと、同じく座ったままコートを脱いでいた秀の太ももに頭を乗せた。 「冬哉?」 「……うん、男の人の太ももって感じ~……」 硬くて張りのある太ももの感触に、冬哉は何故か一気に睡魔に襲われ、そのまま眠ってしまう。 しばらくして目が覚めると、寒気は治まって少し回復している事に気付いた。そして秀の膝の上で寝てしまった事に、今更ながら恥ずかしくなり勢いよく起き上がる。 「……っ、ごめんっ」 急に動いたからか目眩がして、秀は無理するな、といつものトーンで話し掛けてきた。思わず秀を見つめると、秀も前髪の奥から冬哉をじっと見つめてくる。 チャンスだ、と冬哉の中で誰かが囁いた。しかし、秀の恋愛観も知らないし、そもそも同性に迫られても大丈夫かなんて分からないから、と視線を逸らす。 すると、玄関のドアが開く音がした。ハッとして秀から離れると、案の定莉子がリビングにやってくる。 「冬哉、お客さん?」 「な、何お母さん。来るなら連絡してよ」 いつも連絡しないし、しても無視するじゃない、と莉子は買ってきたらしい食材を、冷蔵庫に入れ始めた。そしてソファーに座る二人を見て呆れた顔をする。 「しかも何? お客さん来てるのにお茶も出さないで……」 「……」 冬哉は黙って口を尖らせると、秀はおかまいなく、と立ち上がる。まさかもう帰っちゃうの? と思い秀を見ると、彼は莉子に向かって軽く頭を下げた。 「初めまして。畔柳(くろやなぎ)と申します」 食材を入れ終わった莉子は、あらあら、冬哉の母です、と機嫌良く返している。そしてニッコリ笑って冬哉を見た。 「冬哉、いい人見つけたのね」 「いや違うからっ!」 やはり莉子の勘が働いたらしい。冬哉は慌てて友達! と否定すると、彼女はあらそう? と不思議そうに秀を見ていた。しかし何か納得したのかまた笑顔になって、愚息ですが仲良くしてやってくださいね、と言う。秀は無言で頷いた。 「それより、何しに来たの」 「酷いわねぇ、冬哉の顔を見に来たに決まってるじゃない」 「……そう言って、ちょいちょい来てるじゃん」 「そうでもしないと、あなた食べるのも忘れてフルート吹いてるからでしょ? だから熱も出すのよ」 莉子は驚くべき観察眼で、冬哉が発熱している事を見抜いた。見破られた冬哉はバツの悪そうな顔をする。 「……来週末、親戚で集まることになったわ。あなたも一応……」 「家の話は今しないで」 イライラした口調で冬哉は言うと、莉子はため息をついて、温かいお茶を出した。そしてゆっくりしていってねと家を出て行く。 しんとしてしまった部屋で、秀はそっと再びソファーに座った。冬哉は苦笑する。 「……何かごめんね、色々……」 「……いや」 再び二人とも沈黙し、気まずい雰囲気が流れた。冬哉は家の事を話そうか迷っていて、秀は相変わらずじっと冬哉を見つめている。いつもなら、明るく笑って誤魔化す事ができるのに、体調のせいかそんな気になれない。 「……冬哉」 秀が静かに呼んだ。 「……体調はどう?」 気遣ってくれる秀の言葉が嬉しくて、冬哉は力なく笑う。 「ちょっとしんどいけど、大人しくしてれば大丈夫かな。……もう帰る?」 すると、秀はまたじっと冬哉を見つめた。何か変なことを言っただろうかと不安になり、目が泳いでしまう。 「………………冬哉はどうしたい?」 「え……?」 秀からの珍しい質問に、冬哉は思わず聞き返した。けれど答えは一択だ、秀にはずっとここにいて欲しい。何ならここに住んでも良いくらいだ。しかしさすがにそれを言ったら引かれるだろうから、冬哉はまた力なく笑う。 「今日は大人しく休むよ。ごめんね、また埋め合わせしよ?」 「……分かった」 冬哉の答えを聞いて秀は頷き立ち上がる。本当はその腕を掴んで引き留めたかったけれど、グッと我慢して彼が家を出ていくのを見送った。

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