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第13話

昔から、冬哉の周りには優秀な大人が多くいた。子供ながらにこんな大人になりたいと思っていたし、高校生で大人顔負けの才能を発揮していた、いとこの雅樹に憧れもした。 しかしその頃から、冬哉は自分の中のある感情に戸惑う。小学生ながらみんな男女で遊びに行ったり、恋バナをしたりして盛り上がっているけれど、冬哉の気になる人はみんな同性だったからだ。男子と女性アイドルの話をするより、女子とスイーツや好きな人の話をしている方がしっくりくる。そう自覚した時、木村家の跡継ぎの事を真っ先に思い浮かべた。 こんな事をしていたら、親戚に何て言われるか分からない。だから最初は親にも隠していた。けれど中学に上がった頃、あっさりと莉子に見破られ、同時に心配しなくていいと言われた。莉子は莉子で、子供が授かりにくい身体の事を、親戚に悪く言われていたにも関わらずだ。 冬哉の父親の(まなぶ)も、莉子の言葉に賛同してくれ、ありのままの冬哉を愛してくれた。祖父の旭もだ。そして冬哉は自分のせいで責められている両親や雅樹を心配させまいと、明るく振舞った。それが幸い可愛い容姿の冬哉に合っていて、異性同性問わず好かれるようになっていく。 だから、今の冬哉の明るく元気な言動は、後天的に作られたものだ。本来はもう少し落ち着いているし、人並みに悩みだってする。 「あー……春輝どーしよ……」 食堂で春輝と話していた冬哉は、机に突っ伏した。 あれから、秀からメッセージが来ているものの、冬哉はそれを見られずにいる。春輝はため息をついた。 「どーもこーも、メッセージ見ればいいじゃん」 冬哉は顔を上げる。 「僕だって、人並みに緊張するし怖いんですー」 「うん。秀さんの事になると、冬哉は素が出るよな」 人好きする笑顔でそう言う春輝は、比較的長い付き合いなので、割と素でいられるのだ。本当に、どうして自分の恋人にならなかったのだろう、と悔やまれる。 「……なんなら俺が先に見ようか?」 「いい!」 冬哉は持っていたスマホを、胸に引き寄せ避難させた。それくらいの事をするなら、自分で見た方が良い。 大丈夫だ、秀は多分人を責めるような事は言わない。虫の事ばかりで、今回も虫の事が書いてあるのかもしれない、と自分を勇気づけ、そっとメッセージアプリを開いた。 『何か怒らせた? 理由を教えて欲しい』 「……」 冬哉は長いため息をついて、スマホを春輝に見せる。一応、怒った事は分かったようだけれど、何故かは分からないらしい。それもそうだ、冬哉はハッキリと伝えてはいないのだから。 「冬哉さぁ……」 春輝が呆れた声を上げる。 「俺に告白しようとした時もそうだったけど、誤魔化すやり方はそりゃ伝わらないよ」 「……うー」 冬哉は再び机に突っ伏した。どうしても照れと緊張が先に来てしまって、想っている事が伝えられない。しかも反応が薄い秀が相手だ、あの無表情でごめんと謝られたら、その場で気を失ってしまうかもしれない。 それに、と冬哉は水族館での事を思い出した。 秀の反応を見ながら告白っぽい事をしたら、ふざけてやらない方が良いと言われた。迷惑だったに違いない、とじわりと涙が浮かぶ。 「ま、これからしばらくは、リアン先生の授業の準備で会えないだろうけど」 「……うん。僕もしばらく会わない方が良い気がしてきた」 先程先生から、リアンの特別授業で演奏する楽譜を貰ったのだ。それの練習もあるし、そもそも会う気分になれないしと、冬哉はスマホをしまった。しかし、そのスマホがすぐに震える。何だろうと思ってまた取り出すと、莉子からの着信だ。 「はい。何? どーしたの?」 冬哉は電話に出ると、莉子は疲れた様子の声だった。嫌な予感がすると思ったら、残念ながらその勘は当たってしまう。 『お義父さまが入院してる病院から連絡があったの。冬哉、来れる?』 「……今学校にいるから。すぐに向かうよ、病室の番号教えて」 冬哉は莉子から部屋番号を聞き出すと、楽譜をメモにしてそれを書いた。ずっと避けていたいと思っていた事態がいきなり目の前に現れて、冬哉の心臓は早鐘のように打つ。 「春輝、僕帰るね。おじい様が危篤みたい」 「えっ? 元理事長が?」 冬哉は頷いた。春輝も冬哉と同じ高校に通っていたため、旭の事は知っている。在学中に旭は理事長の座を学に譲ったので、就任式などで顔くらいは見ているはずだ。 「ここのところ体調が悪くなってたんだ」 そう言うと、春輝はそうだったんだ、と眉を下げる。 「忙しくなりそうだから、しばらく学校も来れないかも」 リアンの授業もあるし、何だか色々重なるなぁ、と苦笑すると、春輝は無理するなよ、と言ってくれた。 春輝には、家の事は話していない。心配を掛けたくないし、話してもどうにかなる事ではないからだ。それに、跡継ぎがどうのとか、聞かされても反応に困るだろう。 春輝と別れた冬哉は、急いで病院に向かう。最近すっかり寒くなったな、と秋コートのボタンを留めた。 病室に着くなり、冬哉は顔を(しか)めると、目ざとくそれを見つけた樹が話しかけてくる。 「何だ? 父の死に目に会いに来ちゃダメなのか?」 「いえ。さすがにそれは無いですけど、叔父さんはいつも僕に絡んでくるから……」 「当たり前だ。木村家が代々守ってきた資産を、お前は守る気が無いんだろう? 長男の癖にお気楽なものだな」 冬哉は辺りを見回した。旭の兄弟筋の親戚もいるけれど、冬哉の味方になってくれる人はここにいない。大体、今どき長男が跡を継ぐという古い考えの人たちが多すぎる、と心の中で苦笑した。 「親父も継ぐ人がいないってのに、何で兄貴に学校継がせたかなぁ」 冬哉は無視して旭のそばに行く。高校生の時には|飄々《ひょうひょう》としていた旭だが、今は意識が無くすっかり見る影もなくなって、痩せ細っていた。冬哉にはさっぱりだけれど、旭には機械が色々繋がれていて、血圧と脈拍がモニターに映し出されている。そっと旭の指を握ると、その手はただの冷えではない冷たさが伝わってきて、冬哉は一気に目頭が熱くなった。 そこへ冬哉の父、学が病室に入ってくる。学生時代には相当モテたという学は、いとこの雅樹と似ていて美丈夫だ。 「冬哉、来てたのか」 学は冬哉を見て目を細めると、休憩室に雅樹くんと莉子がいるから、そこで待ってなさい、と言われる。親戚からあれこれ言われるのを避けているらしい。冬哉もそうした方が良いと思い、大人しく頷いて病室を出た。 言われた通り休憩室に行くと、そこは自動販売機と机と椅子が何脚かある所だった。莉子が両手で顔を覆い、雅樹がその背中をさすっている。 「あ、冬哉。会うのは久しぶりだね」 雅樹が気付いて声を掛けてきた。莉子も顔を上げ冬哉を迎える。しかしその目は赤く充血し、疲れた顔をしていた。 「ああ冬哉……病室には寄ったの?」 莉子は冬哉を抱きしめる。いつもなら止めてと言うところだけれど、その途端に涙が溢れてしまって冬哉もギュッと莉子を抱きしめた。 「お母さん……何か言われたの?」 莉子は案外強い。でなければ木村家の長男の嫁など務まらないのだけれど、彼女が泣くということは、相当な事を言われたのだろう。 冬哉と同じくらいの背の莉子は、少し離れると心配しなくていいの、と頭を撫でた。隣にいる雅樹も苦笑しているだけなので、言う気は無いらしい。 「頭の固い人たちばかりで嫌になるね」 雅樹が呟く。今どき世襲制なんて時代遅れにも程がある、と言っているので、やはりまた跡継ぎの事だろう。 「医者が言うには、今日明日が山らしい。冬哉、周りには知らせておいた?」 バタバタする前に知らせておいで、と言った雅樹に従って、冬哉はスマホを使って良い場所かを確認して、各方面へ電話を掛ける。 (秀くん……どうしよ) あれから返信をしていないので、いきなり祖父の事を切り出すのは躊躇(ためら)われた。 いっそもう、関係を切ってしまったら良いのか。そんな考えがよぎる。迷惑に思っていたみたいだしそうしよう、とメッセージを作成した。 『もう会うのをやめます。楽しかったよ。ありがとうね』 冬哉は一呼吸置いて、送信ボタンをタップする。そしてそのままスマホをポケットに入れた。 (勝手だけど、ブロックは僕の気持ちが吹っ切れるまで、しないでおこう) そう思ってもう一度短く息を吐き、莉子と雅樹の元へ戻った。

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