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また、ここで 1 side捺
日常ってのはある日急に歪んだりするんだってのを身を持って知ることになったのは6月下旬のことだった。
梅雨ってこともあって降り続く雨に地面は濡れ、階段も滑りやすくなっていた。
俺は優斗さんと外食へ行こうと地下鉄の階段を下りていたときだ。
上から悲鳴があがって優斗さんと同時に振り向いた。
小学生低学年くらいの女の子が足を滑らせたのか足を踏み外したのか小さな身体がふわっと宙に浮いていた。
「危ないっ」
優斗さんがとっさに手を出してその女の子を受け止めて。
だけど勢いにバランスを崩して優斗さんもまた階段を踏み外す。
それはあっという間の出来事で、ハッとして優斗さんの手をつかもうとしたけどすぐに大きい音とともに優斗さんは女の子をかばうようにしながら階段を転げ落ちていった。
「―――……優斗さんっ!!」
血の気が一気に引いて優斗さんのもとに走る。
優斗さんの腕の中で女の子が泣き出した。
そして優斗さんはぐったりと目を閉じて、意識を失っていた。
***
「大丈夫だ。すぐ目はさめる。MRIでも異常はみられなかったし、幸い打撲程度だ。大丈夫」
そうもう何回目かの言葉を繰り返してるのは松原で、その腕の中ではずっと泣いている実優ちゃん。
いま俺たちは総合病院の一室にいた。
階段から落ちた優斗さんは呼びかけても目を覚ますことはなくて、あのあと救急車を呼んで病院へ運ばれた。
意識はなかったけど状態としては松原が言っている通りだ。
実優ちゃんに連絡をするかは正直迷った。
昔事故にあったことがある実優ちゃんが病院や、そして怪我なんかに敏感だってことは知ってたから。
だから松原に連絡をいれて、でもそばに実優ちゃんがいたらしくてすぐに知れることになってしまった。
―――優斗さん、早く目覚ましてよ。実優ちゃんが泣いてるよ。
怪我自体はたいしたことはないし、異常だってなかった。
安心していいはずなのに、もう4時間も目を覚まさないままだから不安になる。
ぎゅっと優斗さんの手を握り締めて祈るように見つめてたら、不意に優斗さんの瞼が痙攣した。
「……実優ちゃん!」
とっさに呼ぶと、実優ちゃんが駆け寄ってくる。
同時にゆっくりと優斗さんが目を開けた。
その一瞬に心底ほっとする。
「ゆーにーちゃんっ!!」
実優ちゃんがぼろぼろと涙をこぼしながら優斗さんを見つめて、ぼんやりとした眼差しの優斗さんが実優ちゃんを見つめ返して―――わずかに眉を寄せた。
それに違和感を覚える。
なんだ? って、妙な感覚が気になりながら、額を押えながら起き上がる優斗さんを見ていた。
優斗さんはちらりと俺、そして松原を見て、また実優ちゃんを見た。
その視線に、やっぱり違和感。
なんか―――おかしい。
「ゆーにーちゃん? どうしたの?」
実優ちゃんも変だって気づいたのか、戸惑った表情を浮かべる優斗さんの顔を覗き込んだ。
「……すみません。あの、君は……」
誰ですか、と言葉は続かなかったけれど、申し訳なさそうに呟かれた声に察することができた。
できた、けど、理解できなくて俺たちは息を飲んだ。
優斗さん、って俺が声をかける前に、実優ちゃんが青ざめた顔で優斗さんの名を呼ぶ。
「ゆーにーちゃん、どうしたの? 実優のことわからないの? 捺くんのことは?」
「……実優? いや……でも……実優はまだ小学生だけど……。捺くん……って、誰?」
一層戸惑い、困惑した様子で優斗さんがそう言って、水を打ったように室内は静まりかえった。
***
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