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また、ここで 2 side捺
あのあとすぐに松原が医師を呼びに行った。
そして診察が始まって医師が優斗さんにいろんなことを訊く。
「―――大学4年、21歳です。今日から10月……のはずなんですけど、本当にいま2018年なんですか?」
信じ切れない、と優斗さんの顔に書いてある。
頭を打ったせいなのか、優斗さんの記憶は大学4年生のころまで遡ってしまってることがわかった。
そしていま実優ちゃんは松原に付き添われて医師の話を聞きに診察室へ行っている。
俺は優斗さんのそばにいた。
「大丈夫……、ですか?」
明らかに記憶障害を起こしてるってのはわかるし、俺のことも忘れてるから―――迷いながらも敬語を使った。
優斗さんは戸惑いを残したまま、でも笑顔で頷いた。
「大丈夫です。あの……信じられないけど、さっきの女性は……実優なんですよね」
「そうですよ」
「そっか……」
いまの優斗さんは大学4年生のころの記憶までしかない。
だからか風貌はいつもと変わらない優斗さんなのに、どこか雰囲気というか仕草が少し幼い気がした。
それに―――優斗さんの記憶が遡っているのは、実優ちゃんとそのご両親が事故にあって3カ月くらいだった。
そのせいなのかな。
大人になっている実優ちゃんのことを考えてるっぽい優斗さんの横顔はまだ現状を受け止めきれてはないようだけど安心しているような感じもあって。
でも―――。
「あの……君は、実優の恋人ですか?」
じっと優斗さんのことを見ていたら、おずおずと尋ねられた。
「違います。親友、かな」
松原のことを俺から言っていいのかわからなかったからとりあえず黙っておいた。
「そうなんですね。あの、実優はいまどんな感じなのかな。……幸せそうですか?」
心配そうに不安そうに優斗さんの目が揺れる。
事故から三カ月のころ―――実優ちゃんはまだ入院中でリハビリしていたはずだ。
「すっごく、幸せですよ。実優ちゃん」
笑顔を向けたら優斗さんは安心したように頬を緩めた。
「よかった……」
心底安堵した、ってため息とともに微笑む優斗さん。
だけど、その笑みの奥に影を感じた。
「喉乾いてないですか? お茶飲みます?」
「もらっていいですか?」
「敬語じゃなくていいですよ」
優斗さんまでも敬語使ってくるから笑って言えば優斗さんは目を瞬かせてから、
「あの名前きいていい? 歳は?」
と訊いてきた。
「向井捺です。21歳大学4年」
「同い年なんだ……」
と言いかけて、ハッとて口元を抑えた。
「……あ、俺……違うか。本当はいま30……」
オジサンだ……と呟く優斗さんについ吹きだしてしまう。
「実際そうだけど、ゆう……いまの佐枝さんは21なんだからそれでいいんじゃないんですか」
「そうかな……。それなら向井くんも敬語じゃなくっていいよ」
「……わかった。じゃあ優斗さんって呼んでいい? 俺のことは捺でいいから」
お言葉に甘えてタメ口にさせてもらう。
優斗さんは嬉しそうに頷いたあと、「捺くん、よかったらいろいろ教えて」と目を細めた。
それからしばらくして実優ちゃんたちが戻ってくるまで最近の流行りだったりニュースだったりを教えてあげた。
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