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媚薬なHONEY 1
『もしもし、優斗さんですか? お久しぶりです、朱理です。実は捺が―――』
その電話があったのは11時を少し過ぎた頃だった。
【媚薬なHONEY】
俺はその日職場の同僚と飲んでいて、捺くんは大学の友人と飲みに行くと言っていた。
予約している店を聞けば割と近いところで飲むことになっていて、偶然会えば面白いのにね、なんて捺くんが言っていたんだけど。
「朱理くん」
偶然、ではなく、捺くんを迎えに来た。
夜だというのに明るいネオンが輝く通りから少し外れたところにある100円パーキング。
そこで俺は朱理くんたちと落ちあった。
「どうも、お久しぶりです」
会釈をするのは朱理くん。
ごくたまにだけど俺のマンションにクロくんと遊びにくることもあって、こうして顔を合わせるのは一か月ぶりくらいだった。
「久しぶり。ごめんね、なんだか迷惑かけて」
「いいえ、こちらのほうこそすいません」
首を横に振りながら視線を奥の方へと向ける。
壁と壁に挟まれた奥の角。
手前に一台車が停まっていて、そこにクロくんがいた。
パーキングにはいくつか電灯があるからそれなりに明るいが、その分影も多くてクロくんの表情はぼんやりとしか見えなかったけど俺を見て会釈したのは分かった。
「捺くんはあそこに?」
きっとクロくんがいる向こう、車に隠れたところにいるんだろう。
「はい」
朱理くんが頷くのを確認してクロくんのほうへと向かった。
「こんばんは」
距離が近づいていって、改めてクロくんの声がかかる。
「こんばんは。ごめんね、クロくん。せっかくの飲み会を台無しにしてしまって」
「いや。悪いのはこっちなんで。あのクソには俺らからガツンと言っておきます」
苦々しい気持ちになるけど、どう返せばいいのかわからずに曖昧に笑い返しながら足を進めていく。
そして暗がりの、本当に片隅に捺くんは膝を抱えて座っていた。
「捺くん」
俺が呼ぶと、少ししてからのろのろと顔を上げる。
「……ゆーと……さん?」
舌足らずになってる声は熱っぽく掠れていた。
暗くてもその顔が真っ赤に染まって、さらに近づけば、その目が潤みきっているのもわかる。
「迎えにきたよ、捺くん」
内心ため息をつきたくなりながらも捺くんに笑いかける。
明らかに"情事中"の貌をしている捺くんを早く家に連れて帰らなければ、と気ばかりが焦った。
『すいません』
朱理くんからかかってきた電話の最初にまず謝られた。
不安が過って、捺くんになにかあったのか、と相当焦った。
『今日飲み会だったんですけど、途中で捺がトイレに立って……それでしばらく戻ってこなかったんです』
怪我とかじゃありません、と俺の動揺を察したのか朱理くんが前置きしてからいきさつを話してくれた。
『今日の飲み会結構人数多くて、俺が把握できてなかったのもあるし……。クロにちゃんと言ってなかったのもあるし……すいません』
何度も謝る朱理くんに、君のせいじゃないよ、と何回か言った。
実際朱理くんも、それにクロくんも悪くない。
捺くんも―――、たぶん。
『トイレで会ったのか捺、他のテーブルで……友人の沢崎ってやつとふたりで飲んでて。それでその沢崎が……』
いつもサバサバとしている朱理くんが歯切れ悪く、悪い予感はどんどん増していく。
けど最悪の状況は免れはしたんだけども。
『俺が捺遅いって言って、それでクロが沢崎とふたりで別テーブルで飲んでるってこと教えてきて、慌てて……』
要約すれば―――
沢崎くんというのは捺くんの友人だけど、捺くんをそういう"目"で見ていたらしい。
それは朱理くんしか気づいてなくてクロくんも捺くんも知らなかった。
そして今日の飲み会で、おそらく沢崎くんが誘って別テーブルで飲み―――。
強めの酒を飲まされ、さらには―――そのお酒に……
「ゆうとさんっ、ちゅーしよー……? おれもーがまんできない……っ」
どうやら催淫剤、いわゆる媚薬が入っていたらしい。
かなり酔っぱらった上に媚薬まで飲んでしまった捺くんはもうヤバイ状態で、危うく居酒屋を抜けだそうとしてたところを朱理くんとクロくんに助けられた―――ということだった。
「……家に帰ってからね」
後ろからクロくんたちの視線を感じる。
顔が引きつりそうになるのを耐えながら捺くんに手を伸ばす。
「いまがいいっ。おれも……がまん……できない……もんっ」
いつも以上に甘えた眼差しで見上げてこられる。
いつもなら可愛いと思うし目まいがするくらいに放出されてるフェロモンに俺だってキスしてあげたい、と思う。
けど、
「……」
「……もんって、なんだよ」
それは二人っきりになってからだろう。
クロくんがボソッと呆れたように呟くのが耳に入ってくる。
早く帰ろう、タクシー呼ぼう、そう思ってもう少しで触れれると思ったとき、捺くんがふらふらと立ちあがったかと思うと俺に体当たりしてきた。
いや、正しくは抱きついてきた。
だけど酔ってるわりにものすごい力で抱きつかれて不意のことにバランスを崩してしまう。
やばい、と思ったときには俺はアスファルトに倒れ込んで、
「危ねぇ!」
どうやら俺たちふたりを助けようとしてくれたらしいクロくんが、タイミング的に捺くんだけを抱き止めた。
「大丈夫ですか、優斗さん」
「あ、うん」
クロくんと朱理くんが心配してくれる中―――
「ゆーとさんっ」
「……は? うっ!? ッッ!!!!」
「……」
「……」
捺くんが叫んだかと思うと、キスをした。
最初からハイペースな明らかなディープキスを。
「……っ、ん」
―――……クロくんに。
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