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媚薬なHONEY おまけ

100円パーキングから走りさっていくタクシーを見送って、朱理は隣に立つ修悟に視線を向けた。 同時に修悟をこちらを見たらしく目が合う。 そしてこれまた同時に浮かんだのは苦笑いだった。 「優斗さんって捺のこと溺愛してるよなー」 「確かにね」 修悟の言葉についさっきまでのことを思い出し頷く朱理。 酔った上に媚薬まで飲まされてた捺はその気がない人間から見ても―――男女問わず、間違いを起こしてしまいそうな色香を放っていた。 恋人があれでは息せき切ってやってきた優斗が心配を増してしまったのも当然だろう。 まだ学生である自分たちとは違い余裕を感じさせる大人の男である優斗。 穏やかな雰囲気や物腰で人当たりがよく、修悟が以前迷惑をかけたこともあったが今はごく自然に接してくれている。 包容力がある、まぎれもなく良い人。 修悟のように優斗がタイプ!、というわけではないが優斗は朱理にとっても人間として憧れる存在ではあった。 その優斗にも可愛い部分があるのだな、なんてことを朱理は考え口元を緩める。 優斗と間違えて捺が修悟にキスしてしまった瞬間の優斗が思い浮かんだ。 驚きと、動揺と、嫉妬と、苛立ちと、少し拗ねたよう色と焦りと。 いろんなものをないまぜにした感情を浮かび上がらせて立ち尽くしてた優斗は普段よりもずっと若く身近に感じた。 「俺、刺されるかと思った」 冗談めかして修悟が笑い、ポケットから煙草を取り出して火をつける。 口にくわえて煙を吐き出す様子を眺めながら、朱理は意味ありげな視線を返した。 「前だってわざとヤキモチやかせてただろ」 修悟が捺を好きだ、と優斗が誤解していたとき。 バカな修悟にそれなりに優斗は敵意を向けていたはずだ。 「それはそうだけど。実際目の前でキスなんてしたことなかったしな。いやーもう殺気漂ってた。だろ?」 「確かに、ね」 「俺投げ飛ばされたし。間違われただけなのによ」 「まぁ、優斗さんも人の子ってことだよ」 「いいけどさ。優斗さんに投げられんなら」 「……ほんとお前ってドMだね」 「ちげーっ!!」 「それにしても強烈だったな」 「なにが」 「あの二人のキス」 「ああ……」 一瞬視線を合わせ、おそらく修悟も思い出してるんだろう、ほんの少し耳のあたりが赤く染まった。 元より捺が色気ダダ漏れ状態だったのもあるが、あの二人のキスシーンは見てるほうが赤面してしまうくらいに濃厚で―――、 「エロかったなー、優斗さん」 煽情的だった。 あれはエロい、と繰り返す修悟に朱理はゆっくりと手を伸ばした。 訝しがる修悟の手から煙草を取り、咥える。 「ところで、修悟」 紫煙をくゆらせながら朱理が目を細め、修悟の名を呼んだ。 「……なんだよ」 通常であれば"クロ"と呼ぶ朱理がちゃんと"修悟"と呼んでくることに、無意識に怯む。 「捺のキスは気持ちよかった、か?」 にっこり、と音のつきそうな笑みを浮かべた朱理に修悟ははっきりと顔をひきつらせた。 「……べ、べつに」 「へー、別に?」 「……」 視線をさっと逸らす修悟に一歩二歩と近づき距離をなくしていくと、その分距離を置こうとする修悟。 「捺も昔はずいぶん遊んでたみたいだし、優斗さんもキスうまそうだし、な?」 「な、って何がだよ」 「思わず勃たせるほど良かったんだ?」 「勃たせてねぇ!!」 「優斗さんに睨まれてたくせに」 「……うっ」 「修悟」 「な、なんだよッ」 煙草を消して修悟の腕をつかむと、一層修悟は顔を強張らせた。 「お仕置きな?」 「はぁ!?」 「友達にキスされて勃たせるとかあり得ない」 「はぁあああ!? ふざけんな! 俺は間違えられただけだろ! 不可抗力だろ!!! だ、だいたい、別に俺はわざと勃たせたわけじゃねーだろ! あのボケがむかつくことに妙に上手いからだか―――……ッ、う、ンッ」 焦ったようにいい訳しはじめる修悟と一気に間合いをつめて、朱理はその口を噛みつくようにして塞いだ。 確かに捺と修悟のキスは不可抗力でしかなく、本人たちにとっても忘れたいものになるだろう。 だけどあのとき不快になったのは優斗だけじゃない。 修悟の咥内に舌をねじ込み、荒らす。 引き離そうとする修悟の腰を抱え込み蹂躙していけば、しばらくして力が抜けていった。 いつ誰が通るともわからない裏路地に唾液の交わる音が静かに響く。 絡みついてくる舌を甘噛みすれば、し返され、吸い吸われて、夜の街の一角だということもどうでもいいというくらいにキスに没頭した。 そして修悟の息があがったくらいにキスは終わったが、密着した身体の一部の硬い感触に朱理は目を眇めた。 「どっちがよかった?」 「はぁ!?」 「修悟」 「お前は……バカか!」 呆れたように修悟がため息をついて身体を離す。 「本気で訊いてるんだけど」 そこまで捺に対抗意識を抱いたわけでもない―――が、それでも優斗があのとき"わざと"キスした気持ちはわかる。 とどのつまり、やはり対抗意識になるわけだが。 「……ッたく」 忌々しそうに舌打ちした修悟は朱理を見ると深いため息をついて背を向けた。 「いいからホテル行くぞ」 ―――その気にさせたんだから責任とれよな。 と、続く言葉に朱理はうなずくかわりに肩を並べ歩き出す。 「じゃあ答えはホテルで」 「……アホ」 呆れたように呟く修悟は、答えなんてわかりきっているとでも言いたそうな横顔をしていた。 朱理はふっと口角を上げ――― 「お仕置きプレイどんなのにするか決めなきゃな」 と、いつものように冷静な口調で修悟に告げて。 「…………はぁ!?」 明るいネオンの街並みに、なんで俺が!!、と修悟の悲鳴じみた絶叫があがったのだった。 *おまけ☆おわり*

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